酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/浦霞酒造

9のコピー3.gif

仙台で仙石線に乗り換えて約30分。本塩釜に着いたのは、冬の日暮れ時だった。さっそく明日の打ち合わせのため、浦霞の蔵元、(株)佐浦へ向かう。蔵は駅から歩いてすぐだった。

蔵に着くと、広報担当の斎藤正行さんと、名誉杜氏の平野重一さんが出迎えてくれた。南部杜氏の平野さんは、昭和24年から浦霞を造り続けている、この蔵の重鎮だ。各種鑑評会で数々の受賞歴を持ち、平成元年には現代の名工になった。平成5年には勲六等瑞宝章を受章している。

現在、(株)佐浦の年間製造量は1万3000石。仕込み蔵は、江戸から大正にかけて建てられた本社蔵と、平成6年に建てられた近代的な矢本蔵の2つがある。今回取材に来たのは、本社蔵のほうである。製造能力はおおよそ半々。本社蔵には22名、矢本蔵には12名の製造部員がいる。どちらの蔵も、三季醸造ができる空調設備が完備しているので、たとえ暖冬でも大丈夫なのだそうだ。ちなみに私の大好きな「浦霞禅」は、全量本社蔵で造られているという。

そんな話を聞いているところへ、佐浦弘一社長が現れた。佐浦社長とは数年前から顔見知りだ。しかし、一度も一緒に飲んだことはない。今夜も「所用があるのでご一緒できません」ということだった。そういうわけで、社長の飲みっぷりを確認することはできなかった。

軽く明日の段取りを確認して、浦霞をあとにした私は、「さて、今夜は一人でどこへ行こうか」と思い、宿泊しているホテルのフロントに行ってみた。近所のおいしい店でも教えてもらおうと思ったのだ。すると、フロントには「日本一の寿司のまち塩竈」というパンフレットが置いてあるではないか。手に取ると、30軒近くの寿司屋情報と食べ歩きマップが載っていた。へぇ〜、塩竈って「寿司のまち」だったのか。

寿司屋ならカウンターもあるし、一人でも楽しめそうだ。どこへ行こうかちょっと迷ったが、駅近くの「すし哲」にした。ここならホテルから歩いて行ける。

1.psd2.psd
3.psd4.psd

寿司屋ののれんをくぐると、「いらっしゃい!」という威勢のいい声。店名から想像して、頑固オヤジが出てくるのかと思ったら、なんと若い兄ちゃん。しかもイケメンだ。とたんに目尻が下がる私。カウンターに陣取り、まずお酒。浦霞の「蔵の華」をいただく。これは、宮城県の酒造好適米「蔵の華」を100%使用し、宮城県限定発売。地酒の中の地酒といえよう。飲み口はソフトだが、意外とボディがあり、後味はサッパリスッキリとしている。ううむ、いい酒だ

この酒に合うつまみ、とオーダーしたのは近くで捕れた金華サバ。軽く酢で締めてある。脂が乗っていて旨い、旨い。酒がすすむ。その後は閖上(ゆりあげ)の赤貝や、焼き牡蠣、白子、そして皮ごとパリパリに焼いたヒラメなどをがっつり食べかつ飲んで、なんと1万円以下だった。安い!!

基本に忠実に、手造りを貫く

翌日はあいにくの雨。ザーザー降りの中、早朝から浦霞へ。まず麹室で麹の盛り込みを見る。麹室は2つ。伝統的な木の室で、天井には籾殻が入っている。上半身裸の男たちが、暑い室の中で黙々と働いていた。簡易製麹機があるにはあるが、深夜作業の軽減程度にしか使われていない。麹も含め、ほとんどが手造りで、「とくに吟醸類は、ザルでの手洗いや、麹蓋での麹造り、低温での長期醗酵など、酒造りの基本に忠実にやっています」と平野さんは言う。

次に仕込み室へ。リンゴみたいないい香りがただよっている。2トン仕込みの開放タンクが並んでおり、蔵人さんが櫂入れをしていた。ここには空調設備があり、仕込みが終わると貯蔵庫になるそうだ。生酒の貯蔵は、マイナス5度の冷蔵庫で行っている。仕込み室には、木桶も1本あった。1シーズンで、2回転から3回転するという。木桶仕込みの酒の精米歩合は70%、木桶の香りが出て個性的な味わいだ。

5.psd6.psd
7.psd8.psd

蔵を見渡しても、簡易製麹機、放冷機、そしてエアシューターくらいしか、機械らしきものは見あたらない。それも、大吟クラスは放冷機を通さず自然放冷するし、麹米は手で運び、エアシューターは使わないというから、ほとんど手造りといっていいだろう。1万石を超す大きな蔵なので、機械で大量生産しているかと思っていたが、あまりに手間のかかるやり方に驚いた。

やはりすごい酒だった「浦霞禅」

平野さんが浦霞に勤め始めた頃は、まだたったの1000石くらいだったという。昭和30年代に入っても、高度経済成長の流れになかなか乗れず苦労したらしい。しかし、小規模の酒蔵だからこそ、「量より質、本物の酒を丁寧に造って、丁寧に売る」ことを基本に米を磨き、設備を整え、質の追求に励んでいた。そうこうするうち、昭和50年代に入り、地酒ブームが起こる。ナショナルブランドより地方の地酒が再評価される時代になり、浦霞も東京市場を中心に売り上げを伸ばしていった。

浦霞が地酒ブームに乗れたのは、やはり「浦霞禅」の存在が大きかったという。発売は昭和48年。当初はアル添をした吟醸タイプの高品質酒だった(後に純米吟醸に規格変更、現在に至る)。当時の大吟醸は、精米歩合50%が精一杯で、すべて鑑評会用。市販されることはなかった。だが、先代の社長が「損得抜きでやってみようじゃないか」と言って、売り始めたのが「浦霞禅」だったのである。これが売れたことがきっかけで、平成4年には1万石の大台に乗ることになる。

それでもかたくなに、「基本に忠実」「手造り」を貫いたところが、浦霞のすごいところだ。だが、桶買いを一切せず、高品質な酒造りを追求していただけに、どうしても生産能力が限界になってしまい、新蔵を建設することになったというわけである。

9.psd10.psd
11.psd12.psd

私は、浦霞の酒について、ブレずに安定感があって、いつでも安心して飲める良酒だと思っている。新蔵は見ていないが、きっと本社蔵と同じく、「基本に忠実」に酒造りをしているに違いない。

ところで、「仕込み水はどうしているんですか?」という私の質問に、平野さんは意外なことを言った。
「ここは江戸時代からの埋め立て地なので、水がないんですよ」
「え?水がない?」
「ええ、だから井戸は全くダメなんです」

平野さんによると、蔵から5キロほど離れた松島湾近くの井戸水を、江戸時代から使っているそうだ。この水は、酵母の栄養分を適度に含んだ中硬水で、昔は海岸線が今より内陸にあったこともあり、樽詰めにして和船で松島湾から掘り割りを上り、蔵近くまで運んできたという。それが戦後は荷車やリヤカーになり、今はトラックで運んできているのだ。
「現在の仕込み水は、この井戸水と、濾過した水道水をブレンドしています」
と平野さん。
「へ〜、水のないところにできた酒蔵なんて、初めて聞きました」
ほんとうだ。しかも、押しも押されもせぬあの浦霞が!と、かなりびっくりしたのは私だけではないだろう。

たぶん、これは浦霞の成り立ちに関係しているのではないかと思う。浦霞は1724年に、?竈神社の御神酒酒屋として営業を始めている。空き時間に?竈神社に連れて行ってもらったが、蔵のすぐ裏手にあるという感じだった。井戸のある松島湾の対岸に、移転することはできなかったのではあるまいか。

昼休みに、佐浦社長が「お昼を食べに行きましょう」と、お寿司を食べに連れて行ってくれた。「またお寿司ですみません」と言っていたが、お寿司は大好きだから、毎日でも嬉しいのだ。行ったところは亀喜寿司。ここで「浦霞禅」を酌み交わしつつ、お話を伺った。

13.psd14.psd
15.psd16.psd

佐浦社長がいつも晩酌をするお酒も、「浦霞禅」なんだそうだ。そしてこの酒は、はじめフランスへの輸出用に考えられたのだという。昭和40年代後半、先代の社長が松島の瑞巌寺出身の僧侶から、フランスで禅に対する関心が高まっているという話を聞き、ラベルに禅画をあしらい、「浦霞禅」と名付けてフランスに輸出しようとした。だが結局、手続きなどが煩雑でフランスへの輸出はできず、国内向けの商品となったのだという。

こうして食事をしながら飲むと、またこの酒の良さがしみじみと伝わってくる。ほどよい香りにやわらかな口当たりで、淡麗ながら旨味もある。食事を邪魔せずむしろ引き立ててくれる酒である。

蔵へ戻ると、利き酒用の酒が用意されていた。私はみけんにしわを寄せて「クチュクチュ、ペッ」とやる「利き酒」が苦手だ。しかし、この雰囲気は、まさにそうしなければいけないようであった。だが、そこは酔っぱライターなので、普通に少しずつ飲ませていただいた。以下は飲んだ感想である。

「山廃特別純米」は、コクがあって厚みのある酒。「純米辛口」はほんとうに辛い! 「山田錦純米大吟醸(無濾過)」は、香りが華やかで旨味と幅がある。「大吟醸」は、鑑評会の優等生的味わいで、おとなしいが香りもよく、甘みがありキレもある。「EXTRA大吟醸」は、香りがすごく高くて味も文句の付け所がない。つまみはいらず、これだけで飲める酒だ。「純米吟醸生酒 春酣」は、スッキリとした甘口で、食中酒として良い出来。「本醸造生酒しぼりたて」は、酸はあるが、甘みもすごくあって、深い味わい。私はこれが一番好きだった。

帰りに斎藤さんが、車で松島まで行ってくれた。雨のためか、シーズンオフのためか、遊覧船は出ていないようだった。しかし、霧雨にけむる松島もまたおつなもの。大小の島々がおりなす美しい景色を眺めつつ、浦霞のふる里を後にしたのだった。

17外観.psd
株式会社佐浦
創業1724年 年間製造量13288石
宮城県塩竈市本町2-19
TEL 022-362-4165
http;//www.urakasumi.com/

(キャプション)
1麹の盛り
2仕込み室
3麹米は手で運んで仕込む
4櫂入れ
5木桶
6木桶の仕込み
7大吟醸は自然放冷
8麹の引き込み
9種切り
10麹をチェックする平野さん
11麹。右が1日目、左が2日目
12浦霞のお酒
13?竈神社にて
14利き酒中
15槽場で飲ませてもらう。お酒は検定後のもの
16佐浦弘一社長と

▲ ページトップへ

オヤジ飲みツアー

飲み比べシリーズ

世界の酒を飲みつくせ!

酔いどれエッセイ