酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/七冠馬



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寒波襲来のさなか、島根県の出雲縁結び空港へ降り立った。低気圧のせいなのか、飛行機はジェットコースターのような上下左右の揺れ。乗り物に弱い私は、すっかり気持ち悪くなってしまった。酒に酔う前に飛行機に酔うという、最悪のスタートだ。

空港にて「七冠馬」の蔵元、簸上(ひかみ)清酒の田村明男社長に再会。大きな体に七冠馬の頭巾をかぶっているので、遠目にもよくわかる。しかし田村社長、性格は繊細で、とても気遣いのできる方。そういえば・・・「七冠馬」はしっかりとした骨太の酒質ながら、おおざっぱでどっしりとしているというよりは、むしろキレイな飲み口や後味の微妙なキレ方に、繊細さを感じる酒である。

名馬とゆかりのある蔵元

「七冠馬」という酒名は、昭和59〜60年にかけて、G1七冠を達成した名馬シンボリルドルフにちなんだもの。田村社長の親戚が、ルドルフの牧場を経営していたことから命名したという。「よくこんなすごい商標が取れましたね〜」と言うと、「‘出会い’という縁と運があって取れたんですよ」と田村社長。いやいや、運も実力のうちと言うではないか。

また、この蔵は「泡無酵母(あわなしこうぼ)」発祥の蔵としても有名だ。酵母といえば、泡がある酵母しかなかった昭和30年代後半、泡のない酵母があることを先代の蔵元と杜氏が発見した。これを醸造試験場の秋山裕一先生(元醸造協会会長)が研究分離培養し、現在の泡無酵母ができたのである。その後、泡の無い酵母も従来の酵母と遜色がないことが知れ渡り全国の九割の藏で使用されるようになった。今では泡あり酵母を使っている蔵のほうが珍しいくらいなのである。

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と、そんな話をしながら車を走らせて40分、出雲横田駅舎の真ん前にある浪花旅館に到着した。ここは料理自慢の割烹旅館であり、今夜の宴会の場所でもあった。宿泊する部屋と宴会場がすぐ近くなので、どんなに酔っぱらっても大丈夫だ。

宴会には、品質管理の藤原さんと、若手の蔵人高橋さんも参加。出雲弁で「よばれてください(どうぞ召し上がれ)」「はい、よばれます(いただきます)」という言い方を教わって、宴会が始まった。

お酒は蔵でしか飲めない新仕込の「山廃純米吟醸のしぼりたて」と今年「創業300周年用に出す酒」というレアもの純米大吟醸。「山廃」は、飲みやすくて穏やかな味わいで、あまり山廃らしくない。私はゴツくてガツンとくる山廃が好みだが、こういう飲みやすい山廃が最近の流行りである。

一方、「300周年」はどうか。40%の純米大吟醸だというが、吟醸香はちゃんとあるものの派手ではなく、酸や旨味はしっかりあるという激ウマな酒である。「なになに?これ、おいしい!」と色めき立つ私に、「これは今はもう使われていない、昔の9号酵母を使って醸した酒なんですよ」との返事。なるほど〜、わけありである。昔の大吟醸ってこんな感じだったのね。香り重視の現代の大吟醸とはだいぶ違っていて、育ちの良さが感じられる。

レアものだけでなく、一般商品も利き酒。簸上清酒の屋号、冨田屋(とだや)を銘にした吟醸酒は、酸があってしっかりとした「七冠馬」に比べてやや線が細くおとなしい印象。しかし、骨太な骨格は「七冠馬」同様だ。もうひとつ、純米大吟醸「たたらの里」は、袋づりの雫酒だけを集めた生原酒。それを5年熟成させた限定品だ。ひじょうに熟成感があり、旨味と甘みが乗っている。これはかなり変わった酒だけど、めちゃくちゃ旨い!

お料理はそろそろ前菜が終わって、「たたらポークの朴葉焼き」や「島根和牛のローストビーフ」などになっていた。ここで田村社長が「簸上正宗」の「上撰」と「佳撰」を取り出し、お燗にしてもらう。それぞれ飲み比べて、一同「うん、やっぱり佳撰が旨い!」。とにかくバランスが良く、お燗にしてもくずれない。いや、燗上がりしているのである。これぞ最も安価で一番飲まれているホンモノの「地酒」だ。これがおいしい蔵こそ本当の意味での地酒蔵だと思う今日この頃。地元でしか飲めないいいものを飲ませてもらい、田村社長に感謝である。

機器に頼らず勘と経験での酒造り

翌朝は、田村社長から松本杜氏にバトンタッチして、造りを見せていただいた。松本杜氏は酒造り歴40年以上になる大ベテランの出雲杜氏だ。杜氏になってからは今年で16年目である。彼の采配で蔵人6人が総出の作業、麹室での切り返しが行われていた。

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通常は切り返し機という機械で麹をパラパラにするのだが、大吟醸の麹なので、今回は手作業。しかも温度が下がらないよう、素早くやらなければならない。

「なぜ手でやるんですか?」と聞くと、「切り返し機では完全にパラパラにならないからです」と言う。「手でやることが一番確実」なのだとか。その後、麹を麹蓋に盛り込むと、夜中でも2時間ごとに麹蓋を積み替える重労働が待っている。しかし松本杜氏は、「昔からこれで教わったので、何も特別なこととは思わない」と言う。

「麹をしっかり造ることが大切」と説く松本杜氏は、蒸し米が上がると麹米は布でくるみ、温度が高いままベルトコンベアーに乗せ、室へ引き込んでいた。そして驚くのは、一連の作業にまったく温度計を使わないことだ。「必要ありません。毎日やっているからわかりますよ」と手の感覚だけで麹を造っている。

簸上清酒では、大吟醸の造りが多いので、大吟醸用の麹室と仕込み室が別にしつらえてある。しかし問題は、大吟醸用のタンクが4本しかないことだ。これだけのタンクで10本分の大吟醸を造った年もあるという。大吟醸は、搾るタイミングの見極めがきわめて難しい酒。もろみ日数30日の予定が35日になることなど稀ではない。少ないタンクの本数だと、すべての作業日程が狂ってくるのだ。だからたいていの蔵は、タンク4本なら大吟醸は4本分しか造らない。これだけ見ても、松本杜氏の大吟醸造りはまさに神業なのである。

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松本杜氏に「良い麹づくりのポイントは?」と聞いてみた。すると、「浸漬のとき、その年の米の状態を見極めることですね」と返ってきた。米はその年によって、割れる、水を吸う・吸わない、など性質が異なっている。細心の注意を払い、蒸しにしてから蒸し上がった状態を確かめ、麹を造る。

麹は、甘みとアルコールのバランスがうまくいくように造らなければならない。例えば、香り系の酵母は発酵力が弱いので、麹が乾燥していないといけない。糖分が多いと、うまく発酵しないのだ。逆に昔の9号系の酵母は発酵力が強いので、ある程度糖分を含んで柔らかい方が良いという。しかし、アルコールが出てくると酵母が死んで発酵が止まることがあり、そうなるときれいに発酵しないので要注意だ。酒造りは最後の最後まで気が抜けない。

麹造りには浸漬が大事だという話だったので、「やはりストップウオッチで限定吸水をやるんですか?」と聞くと、「そんなもの使ったことないですよ」と笑われた。逆に「なぜストップウオッチで一定の秒数にしなければいけないのですか?そのほうが誤差が出るでしょ」と言うのだ。

松本杜氏の説明はこうだ。米を洗っているうちに、水の温度も微妙に上がるはず。それなのに、すべて同じ時間浸漬していたら、そちらのほうが誤差が出るというのだ。「では、どうするんですか?」と聞くと、「目で見て判断する。これしかないですね」。

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温度計もストップウオッチも使わず、長年の勘と経験だけで酒を造る。こうした杜氏は年々少なくなっている。事実松本杜氏の村も、昔は冬になるとほとんどが蔵人として働いたものだが、今は彼ともう一人の二人きりになっているという。

帰りに蔵人の高橋さんに、近所の「一風庵」という蕎麦屋さんに連れて行ってもらった。石臼引き、十割蕎麦、手打ちの出雲蕎麦の店である。出雲蕎麦とは皮ごと蕎麦粉をひいた黒めの蕎麦で、「割り子」という3段重ねの丸い容器に入っている。そこへ薬味を乗せ、やや甘めのつゆをかけていただく。蕎麦の味が濃く、香りよく、いやはや旨い!

ちょうど大吟醸「玉鋼(たまはがね)」があったので、蕎麦とともにゆるゆると飲む。さすが大吟醸、華やかな香りがふわっと匂い立ち、まろやかな味わいだ。旨い蕎麦に良い酒。至福の時間である。

「七冠馬」は今はもう珍しくなった、五感で醸すベテラン杜氏が造り手だった。「七冠馬」はもちろん、普通酒「佳撰」の素晴らしさ、そして神業の大吟醸造りまで、松本杜氏の技が随所に光る。この技を継承する高橋さんら若手が、今後どう育っていくのか、その活躍を見守っていきたい。

外観-.gif簸上清酒合名会社
創業1712年 年間製造量1000石
島根県仁多郡奥出雲町横田1222番地
TEL 0854-52-1331
http://www.sake-hikami.co.jp/index.html
「七冠馬」購入サイト
http://www.rakuten.co.jp/nanakanba-sake/

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