酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/日の丸醸造

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試飲会のたびに会うその人は、黄色いハッピに身を包み、先頭に立ってお酒をふるまっていた。ハッピには、「まんさくの花」とある。そして、「よろしくお願いします!」とバンバン名刺を配っている。なんとなく、ただものではない雰囲気。これが日の丸醸造の社長、佐藤譲治さんとの出会いだった。

秋田に来てあらためてお会いした佐藤社長は、「田舎の(失礼!)リチャード・ギア」と噂されている通り、どちらかと言うとスーツの似合うビジネスマンだった。やはり、見れば見るほど田舎の蔵元さんらしからぬ風貌。それもそのはず、じつは、佐藤社長が家業を継ぐため東京から戻ってきたのは、平成10年のこと。秋田で暮らすのは高校卒業以来30年ぶり、47歳のことだった。

蔵に戻る前は、大手銀行の梅田支店長で、120人の部下を持ち、運転手付きの車が与えられていたというからすごい。そんな地位を捨ててまで、秋田に戻ってきたのはなぜ?

「高校まで酒蔵で育ち、家業を身近で見ていましたから。それに、父や蔵人さんたちが造った酒のおかげで、今の自分があると思いまして・・」

日の丸醸造は、元禄2年(1689年)の創業だが、昭和18年、第二次世界大戦のさなかに廃業に追い込まれた。それを、先代で現社長の父である佐藤光男氏が買い取り、5年後に再興した。はじめは300石だった製造量も、昭和40年代のピーク時には1万石弱まで増え、駅の近くに建てた新工場から、貨車で次々と酒が運ばれていったという。今その工場は、瓶詰めラインと瓶貯蔵のための冷蔵庫になっている。

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昭和55年に新ブランド「まんさくの花」を立ち上げたのも、先代だった。NHKで同名のドラマが当地をロケ地として放映されたことがきっかけだったが、まんさくは先代の好きな花でもあった。「まんさくはしなやかで、どんなことがあっても折れない木だ」とよく言っていたという。そのラベルにも、達筆で書をたしなんだ先代のセンスが光っている。発売当時は、ひらがなの草書でラベルを作るなど、考えられない時代だったのだ。ちょうど地酒が注目されつつあった頃でもあり、折からの吟醸酒ブームに乗って、「まんさくの花」は愛飲家や女性層の支持を得て、現在に至っている。

手を抜かない、真面目な酒造り

増田町にある築80年の蔵を訪ねると、甑では米が蒸し上がり、シャベルで掘り出している最中だった。奥に2台の精米機があり、使う米は全て自家精米しているとのこと。麹室を見せてもらうと、切り返し機以外まったく機械らしきものはない。吟醸酒に使う麹蓋が積まれていて、全量手造りで麹を造っている様子がうかがえた。

仕込み室に並ぶのは、最大で2キロのタンクだ。すべて泡あり酵母なので、タンクの中のもろみは、ブクブクと泡立っていた。ここでは、サーマルタンクで仕込まれた、搾る直前の大吟醸を飲ませてもらった。フルーツのような香りがしてウマい! 槽場には、ヤブタ1台と槽2台があり、吟醸系は槽で搾るそうだ。搾った後は、基本的に炭素濾過はせず、冷蔵庫に瓶貯蔵して2年寝かせてから出荷する。

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一升瓶7万本分が入る冷蔵庫があり、これは年間製造量の半分にあたる。また、佐藤社長のアイデアで、最近、蔵に洗い物の乾燥機を導入した。洗ったものはすぐに乾燥させ、より清潔を心がけるようになったら、酒質が驚くほどきれいになったという。

ここで、佐藤社長が全幅の信頼を置く、高橋良治杜氏が現れた。杜氏になって14年目。月桂冠で頭をやっていたことがあり、他流派の杜氏の仕事をたくさん見ているので、経験は豊富だ。全国の鑑評会で何度も金賞を受賞している名杜氏だが、先代に「出品酒かぶれになるなよ」とよく言われたそうである。「売れる酒ができなくなるから」というのがその心だ。モットーは、手を抜かないで真面目にやること。「最後まで手をかけることですね。計画通り行かないけれど、あんまりピリピリしないでチームワーク良く、みんなで一生懸命仲良くやるようにしています」

飲み手の好みにふれて


高橋杜氏が良い酒を造るなら、それを売るのが佐藤社長の仕事だ。「でも、この業界に入って、これほどマーケティングが欠けている業界はないと驚きました。普通のメーカーは、需要に応じて商品を作るのですが、酒屋は酒を造ってから売り方を考える。まったく逆なんです」

そこで、佐藤社長が蔵を引き継いでまず始めたのが、試飲会だっ

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た。「いくら広告を出しても、酒は飲んでもらわないとダメ。お客さんに酒を知ってもらい、お客さんから情報を集めるために、全国を回っています」今では蔵で把握している120の売り場のうち、6割以上を自ら回るという。どうりでいろいろな試飲会で、佐藤社長の姿をよく見かけるはずである。同時に、各地で日本酒ファンが行う飲み会にも、神出鬼没に参加する。どこでどんな会が行われていても、日本全国、自慢の酒を持って飛び込むのだ。

こうして飲み手の生の声にヒントを得て、世に送り出した商品は多い。たとえば、掛け米を使わず麹だけで醸したお酒、「麹‘s(コージーズ)」は、強い甘みと酸味が調和しており、日本酒が苦手な人でも飲めると評判だ。ワインのように何年も寝かせて味の変化を楽しめるお酒でもある。「梅まんさく」は、日本酒と米焼酎で仕込んだ梅酒をブレンドし、甘みを吟醸甘酒でつけたこだわりの一品。コクはあるのに後味はサッパリしており、若い女性に人気だ。このシリーズで、新しく「りんごまんさく」もリリースした。地元の紅玉を100%使用し、甘酒で甘みをつけている。そのほかにも、雪室で熟成させた「雪室吟醸」や、日本最古の酵母と麹で仕込んだ「百年前」など、コンセプト商品は数々ある。

では、「まんさくの花」のお酒たちを、それぞれテイスティングしてみよう。「まんさく 純米吟醸」は、米のふくらみがありながら、後味は辛口に仕上がっている。「純米吟醸 美郷」は地元産の美郷錦を使用したもので、上品な酸味がありしっかりとした酒質。「うまか

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らまんさく 純米」は、コクがあり酒らしい味わいだ。「真人 生もと純米」は、酸がしっかりあるのにゴツくなく、上品にまとまっている。「百年前」は低アルコール(13度)の生もと原酒で、甘酸っぱいけれど、スッキリしていて飲みやすい。「大吟醸」は、香りおだやかだが口に含むと華やかで甘みがある。中でも「雄町酒 純米大吟醸」はピカイチ。甘みがあって骨太で、キレがあり旨かった。

「増田町は蔵の町でもあるんですよ。うちにも立派な蔵があります。見に行きますか?」と佐藤社長に促され、酒蔵の裏手へ行くと、柱や梁が漆塗りのすばらしい蔵があった。この蔵にお客さんを呼んで、落語やコンサートをするそうだ。観光酒蔵ではないが、基本的には見学のお客さんを歓迎しているので、団体さんが来ることもあれば、数人で訪ねてくる小グループもあるという。蔵に人が来ることを嫌がる蔵元さんが多い中、来る人を歓迎する蔵は貴重である。

試飲会などで蔵から出て行くし、人も招く。こうして酒を知ってもらい、飲み手と触れあって情報収集をする。その中で商品開発をしていくのが「まんさく流」なのである。佐藤社長は言う。

「酒造りは長期戦。考えたことが実現するまで3年かかる。実現しても、4つか5つのうち、1つが成功すれば良し、とする発想です。口で唱えるほど楽ではないですが、これをやめるわけにはいかない。現在の1年は、かつての7、8年に相当するスピードで変化していますから、時間との勝負です」
佐藤社長のチャレンジが、旧態依然とした酒業界に風穴を開けることがきるか、楽しみに見守りたい。

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日の丸醸造株式会社
創業元禄2年 年間製造量1400〜1500石
秋田県横手市増田町字七日町114-2
TEL 0182-45-2005
http://hinomaru-sake.com/ [ch0]




1精米所
2蒸し米を放冷機にかける
3泡あり酵母なので、もろみが泡立っている
4吟醸もろみを味見。うまい!
5米を掘り出す
6麹のできをみる佐藤社長
7麹蓋
8麹の引き込み
9手作りの米洗い機
10大吟醸の袋吊り
11奥にある蔵
12蔵内部。ここで落語会などをする
13搾りたての酒を汲む
14まんさくの花のお酒
15利き酒をさせていただきました
16佐藤譲治社長とともに

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