酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/越乃景虎

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長岡駅に降り立つと、「越乃景虎」の6代目蔵元・諸橋乕夫社長が待っていてくれた。お会いするのは約10年ぶり。諸橋社長は当時よりスリムになっていたが、眼光の鋭さは変わっておらず、ダンディーさにはさらに磨きがかかっているようである。

行ったのは、「寿し処しらさき」という割烹。「越乃景虎」の本醸造をお燗にしてもらい、刺身をつまみに乾杯! 新潟らしいスッキリとした辛口の酒で、料理を邪魔せずスイスイ飲める。

しかし今「越乃景虎」と言えば、なんといっても話題なのがその梅酒。私はまだ飲んだことがなかったのだが、酒好きの知人たちが口々に褒め称えるのを何度も聞いていた。さっそく諸橋社長に尋ねると、たしかに評判が良く、慢性的に品薄なのだとか。いったいどんな梅酒なのか。「明日利き酒してみてください」とのこと。楽しみである。

きれいな酒に魂を込めて

翌朝、長岡から車で20分ほどの蔵へ向かう。「越乃景虎」のふる里は、かつての栃尾市(現在は長岡市に編入)。昔は四方を山に囲まれた陸の孤島だったという。そこにトンネルを掘り、道路を通したのが故・田中角栄氏だった。栃尾の知られざる地酒だった「越乃景虎」が、東京でも知られ、手に入るようになったのも、田中角栄氏のおかげなのかもしれない。

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蔵の中では、2つの甑が湯気を上げていた。米が蒸し上がると、スコップで掘り出し、手で広げて自然放冷。吟醸・大吟醸の蒸し米は、放冷機を通さないのだ。ちなみに、吟醸・大吟醸は洗米も手洗いである。麹室は2部屋。大きい方の部屋には天幕式の製麹機があり、吟醸用の小部屋には、麹蓋が積まれていた。

杜氏の高橋孝一さんが、麹の種付けのために現れた。ふるいで種付けをする蔵が多いが、ここではガーゼにくるんだ種麹を、ポンポンたたいて麹菌をふりかける。緑色の胞子が目に見えるくらい、大量に振りかけている。

「こうしないと良い麹にならないのです。これが蔵癖ですね」と高橋杜氏。1日たった麹を確認する時は、拡大鏡を使っている。一見、白くなっていて出来上がっているように見えるのだが、拡大鏡を通して見ると、胞子が出ておらず、ツルツルしている。「こうやって確認して、麹に花が咲くまで待つのです。あとは香りをみて、出麹のタイミングを決めます」

仕込みタンクはレギュラー用が3トン、吟醸用が2トンである。大吟醸は、全国の鑑評会で何度も金賞をとっているのだが、出品を目標にはしていない。「それより、お客さんに喜んでもらう酒造りがしたい」と高橋杜氏は言う。

17日目のもろみを見せてもらうと、ブクブクと泡立っている。「もしかして泡あり酵母ですか?」と聞くと、「うちはほとんど泡ありです。蔵人13人のうち、半分以上が若い人なので、泡面を見てもろみの状態を覚えてもらうために、泡ありにしているのです」

「ちょっともろみをなめてみますか?」そう言って高橋杜氏は、23日目のもろみを汲んでくれた。だいたい25日くらいで搾るというから、もうかなりお酒になっているはずである。レギュラー酒ではあるが、香りも良く、めちゃくちゃ旨い。

その後、別室で利き酒をさせてもらった。「大吟醸」は、ふわりとした香りが穏やかで、きれいな味だ。「名水仕込 特別純米」は、コクがあり酸もあるが、サラリとしていてゴツくはない。「酒座 本醸造」は、食に合う酒を目指して造られた、限定流通の酒。バランス良くスッキリしていておいしい。

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「超辛口 本醸造」は、スッキリ、サッパリとして、キレのある酒。「金賞酒」は、味も香りもあって間違いなく旨い。商品にはなっていないが、搾りたての生酒もいただいた。これがとんでもなく旨くて、思わず「すごい!激ウマじゃないですか!これ商品化しましょうよ!」と叫んでしまった。

しかし、「お客さんからも要望があったのですが、流通の過程で品質が変わるものは造らない、というのが景虎の考え方なんです」と言うではないか。 すると、この酒は、めったに飲めない貴重な酒。ありがたや。

最後に飲んだのは、話題の「梅酒」。まず驚くのは、梅酒なのに、まったく色がついていないこと。無色透明なのだ。飲んでみると、日本酒のような梅酒のような。家庭では造れない味だ。日本酒が飲めない人でも飲めるし、日本酒ファンも納得の味。う〜ん、なるほど。この梅酒は深い。

どの酒も、きれいでスッキリとした味わいが特徴。仕込み水が硬度0.47という超軟水であることも、酒質に大きく影響しているようだ。しかし、軟水は酵母の餌となるミネラル分が少なく、発酵しにくい。造りにくくはないのだろうか。
 「いや、もう20年以上もここでやっているから、苦労はないですね。私たちは職人だから、水のせいにしたり、蔵のせいにはしない。どんな条件でも、良い酒を造るのが仕事ですから」と、サラリと言ってのける高橋杜氏。今も造りの時期は毎日泊まり込んで、夜中に4回は起きるという。

「蒸し米の善し悪しが、麹、酒母、もろみにつながるから、蒸しを良くするのが第一。そのためには洗米をきちっとやらなければいけない。最初から最後まで、どこも気が抜けないのが酒造りです。こだわらなくても酒にはなるけど、私には全責任がかかっていますから、やはり神経を使いますよ」

ハイレベルな一般酒

諸橋社長は、造りには一切口を出さないという。「私がみるのは米と設備だけ。あとはどんぶり勘定」と笑う。「緻密にやっても、方程式は成り立たない。家業ですから、長年の勘と経験でなんとかなる。トータルで絶対損をしなければいいんです」

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それでも家業を継いだばかりの頃は、諸橋社長も蔵で造りを経験したり、配達をやったりしていた。だが、蔵元が杜氏になることには賛成できないと言う。「米の磨きや粕歩合など、そろばんをはじき出したらきりがない。だから、蔵元が杜氏になると、損得計算するから良い酒ができないと言われていますよ」とバッサリ。

杜氏に指示していることは、淡麗辛口の酒質だけ。「酒は食事の脇役でいい、と思っています。だから自己主張しない酒を造るように言っています。良い酒とは、飲み込むのではなく、自然に喉に落ちていくような酒。新しく造った『酒座』は、まさにそんな酒です」

たしかに、「酒座」は食事をひきたて、スルスル飲める良い酒だ。レギュラーの「龍」も旨いし、「越乃景虎」は一般酒クラスのレベルがものすごく高い。

「一般酒には力を入れています。うちの酒は、プライスのわりに中身が良い。普通酒の精米歩合は62%だし、きれいな酒に仕上げるため、搾りきらないので粕歩合も高い。これからも、手を抜かずにお客様に喜ばれる仕事をしていきたいと思っています」
 「越乃景虎」は、誰にお勧めしても間違いのない酒。いつ飲んでも抜群の安定感で安心できるのは、その酒造りがブレずに王道を行っているからなのである。以前来たときから10年経っても、蔵の姿勢は変わらず、ますます発展している様子に安堵したのであった。

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諸橋酒造株式会社
創業1847年 年間製造量4500石
新潟県長岡市北荷頃408
TEL0258-52-1151
http://www.morohashi-shuzo.co.jp/




1馬刺し(しらさきにて)
2寿し処しらさき 新潟県長岡市坂之上町1丁目 TEL0258-33-6184
3甑
4自然放冷
5麹室
6種付け
7蒸し取り
8仕込み室
9もと場
10洗米
11「越乃景虎」のお酒
12諸橋乕夫社長とともに


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