酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/南部美人

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南部美人を訪ねるのは今回で3回目。以前行ったのは、10年前と5年前である。その頃はまだ、5代目蔵元の久慈浩介さんが、蔵に入って自ら酒造りをしていた。理想の酒を造るため、旧態依然とした造りを改め、若い杜氏を育て……と、奮闘していた頃である。今は製造のスタッフも皆経験を積み、久慈さんが蔵に入ることはなくなったと聞いた。

「でも、今も酒の設計図はすべて私が書いていますよ。新しい取り組みも始めていますし、ぜひ一度、今の南部美人を見に来てください」とのお誘いを受け、10年前には開通していなかった新幹線で、二戸へと旅立ったのだった。

この日はたまたま、駅前の「きんじ」というお蕎麦屋さんで、「御法度の会」という蕎麦打ちの会があった。会員は、地元の畑で蕎麦作りからはじめ、自分で蕎麦を打ち、酒を酌み交わしながら蕎麦を食べる。飲むのはもちろん南部美人だ。毎月一回10年以上続いている会で、毎回久慈さんも出席し、旬のお酒を持ち込んでいるという。

1.jpg本日久慈さんが持ってきたお酒は、「純米吟醸無濾過生原酒」であった。旨口でお米の味わいがたっぷり。そしてスッキリと飲みやすい。つい飲み過ぎてしまいそうな危険な酒だ。つまみは「蕎麦かっけ」という鍋。蕎麦を打った切れ端を鍋に入れて、野菜と共に煮る。それをにんにく味噌に絡めていただくのだ。このにんにく味噌は、各家庭で手作りされていて、家によってそれぞれ味が違うのだとか。シンプルな蕎麦の切れ端が、にんにくの風味とからまり絶妙のハーモニーである。

大満足して帰ろうとしたら、「江口さん、まだ帰っちゃだめですよ〜。もう一軒行きますから」と久慈さん。連れられて行ったのは、「たけ田」というお寿司屋さんだった。若い大将と女将が切り盛りしている気持ちの良い店である。

にぎりは小ぶりで上品。そして旨い。とくに三陸のウニが、甘くてコクがあり絶品だ。飲むのは南部美人の「本醸造 生酒」。これがまた口当たり良く、スイスイといくらでも飲めてしまう。「地元では、冷酒のスタンダードはみんなこれですよ。二戸ならどの店に行ってもあります」と久慈さん。こんな旨い酒が普通に飲めるとは、二戸の人たちはなんて幸せなんだろう。

全麹仕込みから発展した梅酒

南部美人は現在2500石を7人の社員で造っている。翌日見せてもらったのは、「糖類無添加梅酒」の麹造りであった。

南部美人の梅酒は、全麹仕込みの純米酒に梅を漬けて造る糖類無添加梅酒だ。添加物は一切使っていない。ほかのメーカーにも2,3社ほど糖類無添加の梅酒はあるが、酸っぱくてお酢のような梅酒が多い。ところが昨年、南部美人の梅酒を飲んだところ、スッキリとした甘さの中に、梅の酸味がほどよいバランスの酒で、食事にも合わせやすい爽やかさに驚いた。それが、県の工業技術センターと一緒に2年半かけて開発した「糖類無添加梅酒」なのだった。

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南部美人は、10年ほど前から「All Koji」というお酒を造っている。これは掛け米まですべて麹米を使う全麹仕込みのお酒だ。味は普通の日本酒より、コクがあり甘酸っぱい。そこで、これを応用して、全麹仕込みのお酒に梅を漬ければ、糖類無添加の梅酒ができるのでは?と考えたのが始まりだった。

「たしかに梅酒は流行っていますが、ほかのメーカーにもできる梅酒を造ったのでは意味がない。南部美人にしかできない梅酒を造ろうと思ったのです」

初めは単純に「All Koji」に梅を漬けてみたが、みごと失敗。甘さが足りなかったのだ。酒を甘くするには、四段で甘酒を添加するか、発酵を途中で止めるという手があるが、それでは逆にアルコール度数が低くなってしまう。糖類無添加梅酒に必要なのは、日本酒度マイナス70くらいで、アルコール度数15~16度の純米酒であった。さてどうするか。

試行錯誤の末、麹の造りを超総ハゼにし、その後冷凍することにした。また、梅を漬けるのも常温ではなく、冷蔵庫で漬けることにしたのだ。あとは梅を引き上げるタイミングを工夫して、味のバランスがくずれる前に取り出すようにした。こうすることで、天然の甘さによるスッキリした軽い梅酒ができあがったのだ。

今、南部美人の梅酒は2種類。ひとつは7月から発売する青梅を漬けた梅酒で、もうひとつは12月から発売する完熟梅を漬けた梅酒だ。青梅酒のほうは香りが良く男性的で、完熟梅酒のほうは杏のような甘みがあり女性的な味わいだ。「二戸には残念ながら梅を本格生産する農家が少ないので、県南の梅を使っていますが、今後は二戸産の梅を使う方向でいますし、新たな試みで二戸産のブルーベリーを使って、糖類無添加のブルーベリー酒を造ろうと思っています」と久慈さん。

糖類無添加のほかに、久慈さんが今力を入れているのは、地元の酒米「ぎんおとめ」のお酒だ。岩手の酒米といえば、「吟ぎんが」が知られているが、これは県南の米で、県北は「ぎんおとめ」なのだ。平成12年にデビューした酒米で、試験醸造から携わっている久慈さんにとって、思い入れも深い。

現在、無化学肥料・減農薬の「ぎんおとめ」を地元で契約栽培して、全量買い上げ、特別純米酒と大吟醸を造っている。「ぎんおとめ」の酒は、素直でやわらかい味わいになるという。「将来的にはぎんおとめ100%と二戸の梅で梅酒を造りたいですね」と久慈さんの夢は広がる。

炭素濾過をしなくてもきれいな酒

それでは、南部美人のお酒を飲ませていただこう。利きちょこに注ぐと、おや? すべてうっすらと黄色い色をしている。「うちはまったく炭素濾過をしていないからです。これが酒本来の色。透明な酒のほうが不自然ですよ」と久慈さん。へ〜、そうなのか。

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まず、地元でもっとも飲まれているお燗用の酒「辛口本醸造」。これは、旨口で、甘みを感じる飲み口だが、喉を通るとしっかりと辛口のお酒である。ぎんおとめ100%の「特別純米酒」は、旨口でふくらみがあり、やや酸のある味わいは、お燗にもよさそうだ。JALのファーストクラスに乗っている「純米大吟醸」は、さすがに華やかで大吟醸らしい王道の酒。「All Koji 2008」は、1年寝かせた全麹仕込みの酒で、甘酸っぱくサラリとしていてキレが良い。これは旨い! 

「この『All Koji』うまいっすよ!」と大絶賛したら、近くのスタッフに「大至急イチゴ買ってきて!」と言う久慈さん。ほどなくしてイチゴが到着すると、ロックグラスに氷を入れ、「All Koji」を注ぎ、その中になんとイチゴを丸ごと放り込むではないか。そして「はい、このイチゴをスプーンでつぶしながら飲んでみて」と言う。半信半疑でイチゴをつぶし、飲んでみると「ぎょえ〜〜、ウ、ウマイ!」みずみずしいイチゴの酸味と「All Koji」のほんのりとした甘さがあいまって、絶妙のバランスだ。

「『All Koji』に関しては、個人的にキウイやイチゴと合わせて飲んだりしていたので、梅酒もできるんじゃないかとヒラメイたんです。『All Koji』はそれだけでも旨いですが、私は糖類無添加梅酒が『All Koji』の最終進化形じゃないかと思っています」

南部美人のお酒は、どれも炭素濾過をしていないとは思えないほど、きれいでフレッシュな感じであった。それは、久慈さんが蔵へ戻り、エアシューターをやめたり、麹の作り方を根本的に原点に戻したり、米に触れている布は毎日洗ったり、絹の袋に種麹を入れて種付けをしたり……と、様々な改革をしたこの十数年の集大成でもある。

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「でも酒質がガラリと変わったのは、火入れのやり方を変えたときからですね」そう言って、久慈さんは火入れ用のプレートヒーターを見せてくれた。一般的な火入れでは、30~40分60度から65度で火入れをして、1日かけて冷水をかけて冷ます。これではこの時点で味はガクンと落ちてしまうし、色も着くし、香りもヒネ香が出やすくなる。一方、南部美人では、60度から65度で火入れをした後プレートヒーターで急冷し、10度に冷ましてタンクを満タンにしている。火落ち菌は10度以下では活動できないため、タンクを10度以下に冷やしておくことで、火落ちの心配はないという。1リットルのお酒が60度から65度の温度に上がり、10度まで下がる時間は、なんとたった1秒だ。

「火入れの方法を変えて、炭素濾過をしなくてもきれいな酒、私の理想とする酒ができるようになりました。でもまだまだやりたいことが山ほどある。まずは、売り切れ続出で大好評の糖類無添加梅酒を、もっと発展させていきたいですね」

久慈さんの頭の中には、次の設計図がすでにあるようだ。これからまたどんなヒラメキで私たちを驚かせてくれるのか。久慈さんと南部美人の動向には、これからも目が離せない。


外観.jpg株式会社南部美人
創業1902年 年間製造量2500石
岩手県二戸市福岡字上町13
TEL 0195-23-3133
http://www.nanbubijin.co.jp





1居酒屋きんじ 岩手県二戸市石切所字栃ノ木63-12 TEL0195-23-3028
2蒸し取り
3麹室
4麹の種付け
5仕込み室
6ぎんおとめ契約栽培
7プレートヒーター
8All Kojiにイチゴを入れる
9まかないの手作りラーメン。旨い!
10南部美人のお酒
11久慈浩介さんと


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