酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/五橋

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東京から新幹線とローカル線を乗り継いで5時間近くかけ、ようやく岩国へやってきた。ちょうど日本列島に寒波がやってきたせいで、ものすごく寒い。

五橋の蔵元、酒井秀希専務に連れられ、「一聲」という懐石料理のお店へ。お料理の一品目はふぐ刺し。東京で見るより肉厚だ。弾力のある淡泊な白身の歯ごたえがたまらない。飲むのは山口県の酒造好適米「西都の雫」で醸された純米吟醸。やわらかな飲み口ながら、スッキリしていてスイスイ飲める。

そこへ五橋の上撰を熱燗にしたひれ酒が登場した。ひれの処理と焼き加減が絶妙なためか、まったく生臭みが無く、ダシがたっぷり出ていて旨い。こんなに旨いひれ酒を飲んだのは初めてだ。

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ここで酒井佑社長が、和服を着て現れた。和服は特別なことではなく、酒井社長の普段着らしい。そして懐から取り出したのは、マイ猪口。聞けば焼き物や骨董に造詣が深く、「器を楽しむことで酒の楽しみも広がるでしょう」とおっしゃる。粋な方だ。

山口県で唯一の木桶仕込みのお酒も、お燗にしていただいた。木桶仕込みがどうしてもやりたくて、わざわざ地元の杉を切り出し、新しい木桶をつくったのだとか。やってみると、木桶は温度管理が難しいから自然任せ。だからかえって面白い酒ができるという。その酒は、クリーミーでコクがあり、ぬる燗にするとなお旨さが引き立つ。

お料理はどれも味付けがやさしく、五橋のやわらかい酒質とよく合っていた。「うちの酒質には、超軟水の仕込み水と温暖な気候が、かなり影響していると思いますよ」と酒井専務。こうして料理と合わせると、酒単独で利き酒をするより酒の性格がわかるものである。

三階建ての効率的な蔵

五橋の蔵は住宅地の中にあり、敷地が限られているため、三階建てになっていた。現在、3000石を8人で造っている。38歳の杜氏を筆頭に皆若い。三階には釜場と麹室があり、甑はキャスターつきで移動が容易なつくり。これも限られた空間を効率的に利用するためだ。

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大吟醸の麹米は、自然放冷したあと、麹室に引き込む。ここですぐに種付けせず、2時間半ほど水分を飛ばしてから種付けをする。大吟醸は麹蓋で、他は円形の製麹機で麹を造る。

仕込み室とフナ場は2階にある。仕込みは大きくなく、最大2.4トンだ。もろみタンクには冷水を回し、コンピュータ管理をしている。搾りはヤブタが一台。空調のきく仕込み室には、小仕込み用の小さいフネもあった。

仕込み室に木桶を3つ見つけた。小さいものは、昔の木桶を再生したものだという。驚くのは新調した木桶で、ほかの蔵で見るよりはるかに大きい。ひとつは地元の杉で、もうひとつは吉野杉で作られている。それぞれに味の違いが出るというから面白い。

一階には貯蔵タンクが並ぶ。生酒はマイナス5度になるタンクで貯蔵。大吟醸は当然のことながら、瓶燗・瓶貯蔵である。五橋では、蔵から離れたところに精米所も持っていて、全量自家精米だという。米は西都の雫など地元米を中心に使用し、山口県の米どころである伊陸(いかち)で契約栽培もしているそうだ。

ワインのような低アルコール酒

見学後は別室で利き酒をさせてもらった。まず山田錦の「純米吟醸」から。スッキリしていて飲みやすい。ぬる燗でもおいしいという。生もとの「純米酒」は幅のある複雑な味わいながら、クセがなく旨い。「純米大吟醸」は香りが華やか。「大吟醸」は、全日空のファーストクラスに乗ったというだけあって、華がありきれいな酒であった。

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五橋では、低アルコール酒もつくっている。「ねね」はアルコール度5%の発泡性純米酒だ。炭酸を添加したのではなく、シャンパンのように瓶内二次発酵をしている。思ったより甘すぎず、サッパリしていておいしい。「のの」は、「ねね」に紫蘇を加えているので、きれいなピンク色をしている。紫蘇の風味がアクセントになっていて、個性的。見た目もきれいだし、バーに置いてもよさそう。発泡していない低アルコール酒「花ならつぼみ」は、お花見の時期に人気が出るそうだ。これは、スッキリしていてワインのよう。低アルコール酒としてはとても飲みやすく、秀逸であった。

最後に仕込み水を飲ませてもらった。五橋の仕込み水は、錦帯橋のかかる錦川の伏流水で、超軟水だという。飲んでみると、まったくクセがなくやわらかい水であった。なるほど、この水が五橋の酒を育てていたのである。

こんな旨い酒を造っている杜氏さんとは、いったいどんな人なのか。仲間史彦さんは、平成5年から酒造りを始め、杜氏になって6造り目である。話している最中、ずっと笑顔を絶やさず、素直に「酒造りが楽しい」と言う。「麹なら種をふって2日かかるし、もろみも1ヶ月かかる。その間、結果がわからないところが深いし楽しいんです」

酒造りの一番のポイントは、原料処理だと言う。まず精米、そして洗米に重きを置いている。洗う温度、浸漬のスピードに気を配り、適正な水分を米が吸うように心を砕く。「ここが酒造りのスタートなので、きっちりやらないとダメですね」

「あと、木桶仕込みは楽しいです。じつは今、木桶で貴醸酒を造っているんですよ。飲んでみますか?」と、もろみを持ってきてくれた。飲んでみると、こりゃウマい! 甘くて旨味があって、面白い酒になっている。「貴醸酒は、留仕込みで水のかわりに純米酒を入れるのです。初めはダメかと思いましたが、酒で仕込むとアルコールで酵母が弱り、発酵がゆっくりになる。そこからだんだん良くなってきました。今の段階で、日本酒度マイナス50、酸度2.9、アルコール度14%くらいです」

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いや、これめちゃくちゃおいしいです。製品になったらぜひ飲みたいなあ。製造の現場で発想した新しい酒を、こうして実験的に仕込んだりするらしい。「そのあたりもけっこう自由にやらせてもらっています。だから毎日楽しいですよ」と仲間さん。楽しく造った酒は、飲んだ人をきっと楽しくさせるだろう。五橋のお酒のやさしい味わいには、造り手のこんな思いがこめられていたのである。

さて、岩国といえば錦帯橋である。五橋の名の由来になった橋でもあるので、ぜひ見に行かなければと、酒井専務に案内してもらった。その前に、錦帯橋の近くで食事をしましょう、と「半月庵」という割烹旅館に通された。ここは、宇野千代さんがよく宿泊し、その著作「おはん」「風の音」などの舞台になった場所だという。

特別に宇野千代さんが泊まっていたお部屋に上がらせてもらい、おいしい懐石料理をいただいた。おつまみのようなお料理なので、たまらずお酒を注文。本醸造の生酒が出てきたのだが、これがソフトな旨味でアルコールを感じさせない。添加物や化学調味料を一切使わず、薄味でおだしのきいたお料理によくマッチしていた。

生で見た錦帯橋は、思ったよりスケールが大きく圧倒された。カメラのフレームに入りきれない。もちろん、均整のとれた造形美は、さすが日本三名橋という美しさであった。橋の周りは散策路になっており、春には桜並木に一斉に花が咲き、夏には錦川で鵜飼いが行われるという。

初めて来たが、岩国はとてもいいところだった。おいしい料理に、やさしく寄り添うような五橋の酒。この次は、鵜飼いの季節に来よう。そんなことを思いつつ、楽しかった岩国をあとにしたのであった。

外観*.jpg酒井酒造株式会社
創業明治4年 年間製造量3000石
山口県岩国市中津町1-1-31
TEL0827-21-2177
http://www.gokyo-sake.co.jp/





1ふぐ刺し(一聲にて)
2一聲 山口県岩国市麻里布町7-2-1 TEL0827-21-1639
3甑
4蒸し取り
5自然放冷
6麹室
7仕込み室
8木桶
9分析室
10麹の種付け
11五橋のお酒
12酒井佑社長と共に
13錦帯橋
14半月庵 山口県岩国市岩国1-17-27 TEL0827-41-0021


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