酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/大海酒造

大海.gif

 大海酒造は、「海」や「くじらのボトル」のシリーズで、女性にも飲みやすい芋焼酎を提案し、大ヒットさせた蔵である。鹿児島空港から蔵のある鹿屋まではバスで約1時間。高速道路はなく、周辺に何もないがたがた道をひたすら走る。薩摩半島に比べ、大隅半島のインフラ整備はかなり立ち後れているようであった。

 鹿屋のバス停で待っていてくれたのは、大海酒造の専務、山下正博さん。「くじらのボトル」と同じ、くじらの絵がついたトレーナーを着ているのですぐわかった。「まず蔵に来て、杜氏と飲みながら夜の作業を見学してください」とのこと。途中で豆腐屋に立ち寄り、つまみを調達。車で蔵へ向かう。

 蔵の詰め所へ行くと、杜氏歴25年の大牟禮良行さんが、仲間の蔵人さんとくつろいでいるところだった。みんなで「さつま大海」を開け、カンパ〜イ! つまみは先ほど買った白和え、あったか豆腐、油味噌など。豆腐はコクがあり旨い。油味噌がまたあとをひく味で酒がすすむ。「さつま大海」は、お湯割りにするとほんのり甘く、クセがなく飲みやすい。いやいや、いい宴だ。

「手造りの最大蔵」を目指す


 ややあって、「これも飲みますか?」と「くじらのボトル」の新酒が出てきた。10月限定で、普通は横になっているくじらが、このラベルでは立っているのが目印だ。芋焼酎造りは、芋ができる秋が最盛期。そして、芋焼酎は蒸留酒でありながら、できたての新酒が旨いのだ。ではこれを飲んでみよう。おお、香りがすごくいい! 甘い香りだが、味はキリッと引き締まっている。いい酒だ。

 最近は、中国産の冷凍芋などを使って、一年中仕込む蔵もあるらしいが、大海酒造は地元産の生芋しか使わないため、1万石を8月半ばから12月上旬までで造りきる。裏ラベルには、原料となる芋を作ってくれた、農家の人たちの写真が載っている。「芋焼酎は畑の味。ワインと一緒です」と山下専務は言う。

 そのほかに、綾紫というお菓子に使う甘い芋を使った「くじらのボトル綾紫」を飲ませてもらった。こちらはまろやかでスムーズでマイルド。かのやばら園に咲く、香りの高いバラで仕込んだ「薔薇の贈りもの」も飲んだ。うん、たしかにバラの香りがして、甘みもあって旨〜い! この焼酎は、1本買うと10円が交通遺児に寄付される仕組みになっている。「飲酒運転で事故を起こす人の多くが焼酎を飲んでいる。だから、少しでも社会に貢献できないかと思ってやっているのです」という。なるほど、素晴らしいシステムだ。

2.psd3.psd4.psd5.psd

 するといきなり「これから作業です」と杜氏さんたちが席を立ったので、あわてて追いかけた。午後7時からすべてのもろみの温度を計り、9時には一次もろみの櫂入れ、夜中の12時にはまた温度を計る。「コンピュータ管理をすれば楽だけれど、手造りを守りたい。若い子たちも泊まるのは大変だけれど、前の杜氏から引き継いだスタイルを守りたい」と大牟禮杜氏。車で15分のところに住んでいながら「蔵が一番寝心地がいい。夜になるともろみの音が聞こえるんですよ」と笑う。

 山下専務も言う。「明日見てくれればわかりますが、うちは全部手造りで、小さい蔵をそのまま大きくしただけ。けっこうみんな、機械で造っていると思っているので、驚かれますね。うちの目指すところは『手造りの最大蔵』なのです」

 一次仕込み室には、4キロタンクが16本並んでいた。それを2人で1本ずつ櫂入れしていく。試しにやらせてもらったら、下の方にまだ米が固まっていて重い。大牟禮さんが「仕込みの時期には4キロやせます。だいたいズボンのベルト3つぶんですね」というほどの重労働だ。一次もろみをちょっとなめると酸っぱかった。これが、日本酒の黄麹と違い、焼酎の麹の特徴。クエン酸を多く出すことで、鹿児島のような暖かい地方でも酒造りが可能になるのだ。

 見ていると、仕込み室に入る前に手の消毒をしたり、櫂棒を一回ごとに洗ったり、バケツを持ってしずくを床にたらさないようにしたり、と、まるで日本酒の蔵のように清潔にしている。これは、秋田の酒蔵「天の戸」との、7年にわたる交流から学んだことだという。
1.psd
 ここで蔵見学を切り上げ、山下専務と鹿屋市内へ飲みに行った。「おでん 黒ぢょか」というカウンター10席くらいの店。ママ一人で切り盛りしている。おでんといっても、関東風の醤油だしでもないし、関西風の薄味でもない。鶏ガラと豚肉からとっただしは濃厚。おすすめの具はお肉だというので食べてみる。甘辛いだしにとろけるお肉が最高! もちろん飲むのは「さつま大海」のお湯割りだ。旨い!

 ここで山下専務は、「父とはじめてお酒を飲んだ日の笑顔が忘れられない」と昔話をしてくれた。そして、「じつは、父の日を、父と飲む日にしよう、という運動をやっています。飲むのはべつに焼酎じゃなくてもいい。日本酒でもいいし、未成年ならジュースで乾杯でもいいんです。子供と一緒に飲めることがどんなに父親にとって嬉しいことか。父の日が、日本中涙する父であふれる日となることが夢ですね」と熱く語るのだった。

女性マーケットを狙え


 こうしてかなり飲んだのだが、翌日はスッキリと起きられた。焼酎の酔い覚めが良いというのは本当らしい。さて、さっそく取材だ。ちょうど蒸溜中だったので、まず蒸留器を見に行った。常圧蒸溜用の河内式が大2基、小4基、常圧減圧併用のKI式が2基ある。KI式の蒸留器は、ウイスキーのポットスチルそっくりの形をしていた。河内式のほうが稼働中で、焼酎が蒸溜されて流れ出ていた。なめてみると、アルコール度が50度もあるというのに、甘くてまろやかだ。

 仕込みは朝と昼の2回行う。2日間かけて麹を造って一次もろみを仕込み、6日後に蒸した芋を混ぜて二次仕込みをする。その二次もろみを7〜9日発酵させて蒸溜するという。

6.psd7.psd8.psd9.psd

 二次仕込み室には、9キロリットルのタンクが36本並んでいた。それに蒸した芋を粉砕して仕込む。櫂入れは一次仕込みに増して重く、重労働である。大牟禮さんが、「食べてみますか?」と粉砕した芋を手渡してくれた。お、うまい!ふかしたお芋の味だ。甘みもある。焼酎用の芋、コガネセンガンは、食べてもおいしい芋なのだ。

 2日目の二次もろみをのぞくと、タンクの中でブクブクぐるぐると、まるで生き物のように発酵していた。温度は28度くらいだという。焼酎のもろみは高温で短期間の発酵なのである。

 10時になると、芋切りの時間になった。芋洗浄機で洗われた芋が、ベルトコンベアに乗って出てくると、芋を切る人が悪い部分をナイフで取り除く。大きい芋はナタで割る。杜氏を含め、6人がかり。ものすごい騒音の中、立ちっぱなしで一時間あまりの作業。流れていく芋を瞬時に判断して切るので気が抜けない。大変な労働だが、ここは人の手、人の目が必要。簡単に機械化できる作業ではなさそうだ。

 外の芋貯蔵庫には1番から8番まで番号がついていて、どこの農家が何番に入れたかわかるようになっているという。芋にはそれぞれ成績表がつけられ、悪い芋は農家に返品してしまう。「大隅半島は火山灰からできたシラス台地です。ここはいい芋の産地。畑も農家も選べるのが、我々の強みです」と山下専務は言うのだった。

 蔵見学を終えて、山下専務のお気に入りのお店へ食事に行った。「アク庵」というカフェで、海に突き出したテラスから眺めると、目の前に大海原が広がる。山下専務が14年前「海」シリーズを立ち上げた当時、焼酎の名前は漢字2文字か3文字が多かった。「それで1文字の『海』を思いついたんです。それを女の子も飲めるような焼酎にしたい、と考えていました」

10.psd11.psd12.psd13.psd

 ちょうどその頃、隣町にいい温泉水があるという噂を聞いた。訪ねると、狙っていたやわらかい酒質に合いそうな水。「寿鶴」と名付けられたその水は、今、「海」シリーズ全商品の割り水に使われている。「寿鶴」単独でも購入可能で、これで「海」の水割りを作ると最高に合うのだそうだ。

 では「海」シリーズを飲んでみよう。最初は「海王」から。甘みがありスムーズで飲みやすい。「海」はさらにマイルド。立ち上る香りが甘く、上品だ。「くじら」はこの中では一番男性的で、芋焼酎らしさがある。「海王」と「海」がロックか水割りなら、「くじら」は絶対お湯割りがおすすめだ。たしかにこんな焼酎なら、女性にも優しい。「女性向け」というと、なぜか度数を下げたり甘くした酒が多く、がっかりさせられるが、「海」シリーズはちゃんとした本格焼酎なのである。そこがいい。

 山下専務は言う。「日本のマーケットは8割〜9割を狙うか、1割〜2割を狙うかで違ってきます。8割〜9割はなんでもありの、勝たなければダメな世界。だから自分たちは、大企業ができない1割〜2割のマーケットで戦おうと思ったのです。男のための焼酎はお客の取り合いで、足の引っ張り合いだけれど、これからはいい女の時代じゃないか、と。それで女性のための焼酎を造ったのです」

 山下専務のねらいはピタリと当たった。やがて焼酎ブームが訪れ、女性がどんどん芋焼酎を飲む時代になった。「でも、安易にブームには乗りませんでした。増石もしなかったし、品物がないとクレームがきても、一定の熟成期間はきちんとおいて、酒質は落としませんでした」

 ブームに乗ったら、一過性で終わってしまったかもしれない。今、「海」や「くじらのボトル」は焼酎の店で、女性が好む定番商品になっている。私の近所のバーにもあり、普通に飲むことができるほどだ。「海」シリーズのおかげで、芋焼酎は、これからもずっと女性たちに愛され続けるに違いない。
外観.psd

大海酒造協業組合
創業昭和50年 年間製造量25500石(うち芋焼酎1万石)
鹿児島県鹿屋市白崎町21-1
TEL 0994-44-2190
http://www.taikai.or.jp




1一次仕込み室
2二次仕込み室
3河内式蒸留器
4KI式蒸留器
5「おでん 黒ぢょか」鹿児島県鹿屋市4-24 TEL0994-42-3367
6蒸して粉砕した芋
7二次もろみ
8芋切り作業
9原料の黄金千貫
10芋貯蔵庫
11大海酒造のスタンダードな焼酎
12大海酒造の「海」シリーズ
13大牟禮杜氏(左)、山下専務(右)とともに 

▲ ページトップへ

オヤジ飲みツアー

飲み比べシリーズ

世界の酒を飲みつくせ!

酔いどれエッセイ