酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/八代不知火蔵

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八代不知火蔵は、メルシャン(株)八代工場の一角にある焼酎蔵である。1946年に操業を始め、60年以上の歴史を持つ蔵を、2006年にリニューアルした。新たなコンセプトは「伝統と革新」の融合だ。伝統的な焼酎造りの技を、最新の設備を導入することでさらに磨き、酒質の向上をはかるのが狙いである。

10万坪もの広大な敷地ゆえ、工場内の移動は車。到着した八代不知火蔵は、新しく近代的であった。出迎えてくれたのは、酒類製造部の永江朋紀さんと栗原大治さんである。永江さんの案内で、さっそく蔵見学の開始。まずは原料処理室へ向かった。

人の五感と最新設備が融合した焼酎造り

蔵では、蒸し上がった米を麹室に運ぶ作業中だった。連続蒸し機で蒸された米は、放冷機を通り、種麹をまぶされて、麹室へと運ばれる。

連続蒸し機では、1時間に4トンの原料(米や麦)を蒸すことができる。放冷機では何度まで冷やすかで、次の工程に影響する。そのため、プラスマイナス0.5度以内という、厳しい精度で温度管理が行われているということだった。

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麹室は円盤形の製麹機であった。40時間かけて、6トンの麹を生産する。コンピュータ制御の全自動ではあるが、人の五感による管理は欠かせない。

「基本的に機械は決まったことしかできませんからね。麹菌は生き物なので、人がケアしてあげないと良い麹はできないのです」と永江さん。「この工程で一番重要なのは、最初の浸漬です。原料の米や麦に、どこまで水分を吸わせるか。ここがダメだと、その後の工程でどんなにがんばっても良いものができない。そこで、吸水時間は分きざみでこだわっています」
 次に仕込み室の見学に向かった。仕込みは、麹と水と酵母を混ぜ発酵させる一次発酵と、一次もろみに蒸した原料を加えて発酵させる二次発酵に分かれる。一次発酵は5日間、二次発酵は11日間で、アルコール度17〜18度のもろみになる。これを蒸留すると、焼酎の原酒ができるというわけだ。
 仕込み室に入ると、13キロの丸型と40キロの角型発酵タンクが整然と並んでいた。ほのかにもろみの香りがする。丸型タンクは主に一次発酵用、角型タンクは二次発酵用とのこと。タンクの中では、プチプチと小さな泡を出してもろみが発酵していた。大きなタンクなので、自動の撹拌装置がついているが、人の手でかき混ぜる櫂棒もちゃんとある。

「焼酎造りは農産物と微生物が相手。同じ条件だからといって、同じものができるわけではありません。だから、必ず人が五感を駆使して確認しなければいけないのです。八代不知火蔵には、もろみ巡回制度というものがあり、蔵人は必ずもろみを見に行く義務がある。そこで何か気づいたらすぐ対応する。私たちはこうして大切にもろみを育てているのです」

最後に案内された蒸留室には、6基の蒸留機が並んでいた。常圧蒸留機が2基、減圧蒸留機が2基、常圧減圧兼用蒸留機が2基。兼用蒸留機は蔵リニューアルの際導入した新しいものだが、あとは昭和の時代から働いている古い蒸留機である。

その中でひときわ目立つのが、黄金色の銅製の蒸留機だ。焼酎の蒸留機としては、材質も形状も非常に珍しいもので、「ここへ来る前は、山梨県のシャトー・メルシャンでブランデーを造るのに使われていたらしい」という噂はあるが、今や正確なことは誰も知らない。

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この謎の銅製蒸留機、働くとなかなか良い仕事をするらしく、ステンレス製の蒸留機が男性的な味わいになるのに比べ、たいへん柔らかく女性的な原酒を造ってくれるそうだ。

これら性格の違う蒸留機を使い分けて造られているのが、「どぎゃん」という麦焼酎である。麦麹ではなくあえて米麹を使い、米の甘みを生かしたもろみを、ステンレス製の常圧蒸留機と、銅製の常圧蒸留機と、減圧蒸留機の3つに分けて蒸留する。これが八代不知火蔵独自の「一醪三釜仕込み(いちろうさんかまじこみ)」である。

この原酒を球磨川の伏流水で割り水して造られる「どぎゃん」は、香ばしくて甘くてマイルド。絶妙のバランスは、通常なら個性が強すぎる常圧蒸留の麦焼酎を、みごとな食中酒へと昇華させている。

「原料の特性を生かして、どんな料理にも合うスッキリとした焼酎を造るというのが、私たちのコンセプトです。これから八代不知火蔵の焼酎を試飲してみてください」というわけで、別室にてテイスティングをさせてもらった。

意外と「人間くさい」味わい

まず、「どぎゃん」と同様のコンセプトで造られた、個性的な胡麻焼酎2つ。これは、米焼酎のもろみに、煎ってすりつぶした胡麻を加え、常圧蒸留したもので、黒胡麻が原料の「黒胡宝」と金胡麻が原料の「金胡宝」がある。

「黒胡宝」は、すりたての黒胡麻の香りに圧倒されつつ、飲むとあれ?というくらいスッキリ。しかし飲み込むと胡麻の香りがまたふわっと戻ってくる。「金胡宝」も同じような感じだが、香りが若干違い、こちらは甘い胡麻だれの香りが上品な印象。どちらも胡麻だれや胡麻ドレッシングを使った料理に合いそうだ。甘い香りなので、スイーツにも合うかもしれない。ちなみに「黒胡宝」には36000粒の黒胡麻が、「金胡宝」には40000粒の金胡麻が入っているという。

「どぎゃん」、「黒胡宝」、「金胡宝」は蔵の地下からくみ上げた、球磨川の伏流水を割り水として使っている。そのため、力強く、個性的な焼酎になるという。一方、「白水」シリーズは、名水百選にも選定されている「白川水源」の湧き水を、割り水として使用。豊富なカルシウムと適度なカリウムのおかげで、やわらかくまろやかな味わいの良い焼酎ができるという。


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その「白水」シリーズを飲んでみよう。減圧蒸留の「こめ焼酎 白水」は、ほのかな吟醸香が心地よく、甘みがありマイルドでソフト。同じく減圧蒸留の「むぎ焼酎 白水」は、麦麹を使っているためか、蒸した麦の香りと甘みが感じられ、柔らかな口当たり。イオン交換を行っていないため、甲類に似た麦焼酎とは一線を画し、麦らしさが際だってる。甲乙混和の「むぎ焼酎 白水 マイルド」は、さらにマイルドでスッキリだが、ちゃんと甘みや旨味も残っている。

大工場での機械仕込みだから、もっと一本調子の面白味に欠ける焼酎が出てくるかと思いきや、意外と人間くさい焼酎ばかり。聞けば永江さんは、小さな手造りの蔵で修行しており、栗原さんは、杜氏のもとで清酒造りを学んだとか。

栗原さんは「白水シリーズはスッキリした中でも、厚みを感じさせるのはどうすればいいか考えている」と話し、永江さんは「課題はいっぱいある。もっとあらゆる精度を高めて品質を上げたい」と、それぞれ抱負を語るのであった。

翌朝、まだ暗いうちから起きて、八代市内から車で1時間半の白川水源へ案内してもらった。山を越え、たどり着いた先は、オアシスのような森の中。猛暑でこの日も熱帯夜だったはずが、水源はヒンヤリとしていて肌寒いくらいだ。

毎分60トンもの水がこんこんと湧き出る泉は、溢れて池をつくり川となって流れていた。水はどこまでも澄んでいて、冷たい。あたりにはなんともいえない良い「気」がみなぎり、身も心も浄化されるような場所であった。

白水を仕込む日には毎朝、八代不知火蔵のタンクローリーがやって来る。私が到着したときには、誰もいない早朝の清らかな水を、静かに汲んでいるところだった。この水があの「白水」シリーズを造っているのである。

八代不知火蔵は、水にこだわり、造りにこだわる蔵であった。そして、どんなに機械化しようとも、最後は人間なのだという「焼酎魂」を持っていた。この焼酎なら信頼して飲むことができる。そして飲むたびに、情熱を持って焼酎造りに取り組む造り手たちが、語りかけてくるのである。

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八代不知火蔵
創業1946年 年間製造量30000石
熊本県八代市三楽町3番1号
TEL0965-32-5121
http://www.kirin.co.jp/brands/shochu/index.html




写真
1蒸し米を麹室へ運ぶ
2麹室は円盤形製麹機
3発酵する一次もろみ
4一次仕込み用丸型タンク
5蒸留機。金色のものが銅製の常圧蒸留機
6永江朋紀さん(左)と栗原大治さん(右)
7八代不知火蔵の焼酎
8白川水源

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