酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/天鷹

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「天鷹」を訪ねるのは今回が2回目で、尾崎宗範社長とは試飲会などでよく顔を合わせる間柄だ。取材当日は、尾崎社長自ら那須塩原駅に迎えに来てくれた。ここから蔵までは車で約30分。車窓にはのどかな田園風景が広がる。

「試飲会はどこへ行っても盛況で、チケットが手に入らない会もあるほどなのに、なぜ日本酒は売れないんでしょう?」
と私が言うと、尾崎社長はこんなふうに答えた。
「試飲会に来る人はいつも同じ顔ぶれでしょう?狭い世界だけで日本酒を売っていてはダメなんですよ」
「そうですね。今まで飲まなかった女性がワインを飲むようになってワインブームが起きた。そして、焼酎ブームを牽引したのも女性。日本酒ももっと女性にアピールしないといけませんね」
「ワインブームはウンチクを言わなかったから、ウンチクを嫌う女性でも飲むようになったでしょう。でも、日本酒はいまだにウンチクの世界。だからウンチクを好む人だけの狭い世界なんです」

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なるほど……。そう言う尾崎社長はこれから何をしようとしているのか。
「じつは今、真剣に取り組んでいることがあるんです。それは蔵でお見せしますよ」
 尾崎社長は自信ありげにそう言うのだった。

オーガニックの認定工場とは?


「天鷹」は2000石を、今年で16造り目の南部杜氏を頭に、9人で造っている。そのうち5人は一級の酒造技能士である。そして、平成17年から、全国で10蔵位しか認定されていないオーガニックの認定工場になったのだという。尾崎社長のやっていることはこれであった。

「有機米使用酒は沢山ありますが、有機清酒はほとんどありません。原材料から商品まで、使用設備から資材・機材まで、しっかりと確認できていないと認定されないからなのです。本来、日本酒ほど『安全』な飲み物はないのです。原料は良いお酒ほど米の芯だけを使いますので農薬の影響もほとんどありませんし、アルコールが高いので保存性は良いし、熟成を前提とした商品なので、賞味期限もありません。でもそこからさらに『安全』から『安心』な飲み物へと進化したのが有機清酒なのです」

では、そのこだわりにこだわった有機清酒の造りを見てみよう。精米所には精米機が3台あり、1台は大吟用、2台は扁平精米ができる機械で、全量自家精米を行っている。平均精米歩合は58%だ。普通の酒の精米は2月末で終わり、その後、精米機を完全に分解してきれいに洗い、有機清酒の精米に入るという。

有機清酒の酒母は山廃のみ。速醸もとで添加する醸造乳酸も使用しない。「山廃は、ゴツい酒を造るためではなく、乳酸を使いたくないからやっていること。なるべくクセのない、山廃らしくない山廃にしたい。有機清酒といっても、多くの人にのみやすい酒でなくては意味がありませんから」と尾崎社長は言う。

甑はほかの蔵に比べると、かなり大きめ。これは米を浅く盛るためだという。ボイラーではなく和釜であることにもこだわっている。「和釜の蒸気は外から暖まり、後半になるに従い、乾燥した蒸気となる。これが良い蒸し米を造るのです」

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麹室は2つ。そのうち1つが有機用だ。「杜氏さん」という木蓋で造る製麹機もある。慣行用の室には天幕式の機械も入っているが、これらは有機には使わない。有機清酒の室は、拭き掃除のしやすい総ステンレス張りだ。しかも消毒にはアルコールしか使わない。この中で、専用の麹蓋を使い、有機用麹が造られる。

驚くのは、掃除に使うほうきやささらに至るまで、安全を確認しながら使用していることだ。「探し回りましたよ。『安全データシート』がほしい、と言ってもないんですよね。そういう概念自体がない。天然素材ならば良いかと思っても、箒のほうき草が防腐処理してあったりして。そうやって一つ一つ確認していくのです。今では慣行用に使うものも、有機で使用できるものにしています。」

仕込みは1900キロと、やや大きめの開放タンク。これで普通酒から純米吟醸まで造る。本日の仕込み室の気温はプラス2度だが、寒い時だとマイナス6度くらいになる。自動での品温管理のため、タンクの周りに冷却水が回るようになっているが、集中管理やコンピューター管理はしていない。「機械をみるのではなく、実際にもろみを見て1本1本、朝昼晩と温度を調整します。」

搾りはヤブタ2台とフネ1台。もろみの状態を見て、一番良い状態で搾ることのできる台数である。生酒以外は全て大吟醸でも1年くらい寝かせてから出荷する。純米酒は常温で熟成するものもあり、ケースバイケースだが、どの商品でも、熟したお酒の旨みや深みというものにこだわっている。そして、瓶詰め後は全商品急冷し、品質を保つ。大吟醸は無論瓶火入れだ。

レギュラーから大吟醸まで安定した酒質

蔵の見学を終え、別室で利き酒をさせてもらった。まずは通常商品から。「瑞穂の郷」は辛口でキリッとしていて、食中酒として良さそうだ。まだ「純米」という名前がなかった38年前、「生粋無添加清酒」として売り出した「天鷹心 純米吟醸」も飲んでみる。さすが「天鷹」の歴史を刻んだ酒らしく、安定していてホッとする味だ。同じく純米大吟醸の「吟翔」は、キレと旨みが絶妙のバランスで、文句の付けどころがない。大吟醸の「絆」は、おだやかな香りでやさしい味わいだ。もっとも素晴らしかったのは、「國造」という酒。どっしりしていて骨太だが、ゴツゴツしておらずまろやか。ぬる燗にするとさらに旨い。いやはや良い酒だ。

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次に「天鷹」渾身の作である有機清酒を飲んでみた。「有機純米酒」はしっかりとした酸があり、まっすぐな酒。「有機純米吟醸」は、ほのかな吟醸香が心地よい。サラリとしているが、米の味わいが口中に広がる。「有機純米大吟醸」はやさしい中にもしっかりとした米の旨みがある。

どの酒も造り分けがなされているが、全体に統一感がある。「天鷹」の特徴である辛口はもちろんだが、すべてにおいてきれいな米の旨みを追究しているようだ。とくに有機清酒の3本は、まっすぐで素直な味わいという印象だった。

「天鷹」は全国の金賞を7年連続受賞している。これは栃木県で一番の成績だという。この技術があるから、きれいな酸が出せるのだろう。「インパクトはないけれど、飲み飽きしない、飲み疲れしない食中酒をめざして造っています」と尾崎社長は言う。

その後、近所のお寿司屋さんに場所を移して、さらにお話を伺った。まず「瑞穂の郷」の活性にごり生酒で乾杯! おお、これはシュワシュワとしてシャンパンみたいだ。甘くないので食事にも合う。普通の「にごり酒」も飲ませてもらった。にごりなのに、ベタつかずスッキリ、コクがありながらサッパリ! う〜ん、これも旨い!

「天鷹」も、20年前の級別廃止の時、「全量特定名称酒にしてしまおうか」と考えたことがあったという。しかし、レギュラー酒は地元の人が毎日晩酌で飲んでくれている酒。「地元の人を切り捨ててしまっていいのか? それはメーカーのエゴではないか?」と思い直し、レギュラー酒を残した。その代わり、精米歩合を65%に上げ、麹米に酒造好適米を使うことにした。実際、「天鷹」のレギュラー酒を飲ませてもらったが、旨みもあって辛口で飲みやすい。けっして悪くない酒だった。安くてうまい酒を地元のために残すことも、一つの見識だろう。

「うちは常に『地酒』でありたいと思っているのです。ただし、地元だけで消費されるという意味ではなく、どこへ行っても『栃木の天鷹だ』と認められる酒質でありたい。そう言う意味では、海外にも行く。有機は欧米のほうが関心が高いですよね。日本にこれだけビオワインが入ってきているのだから、こちらからも出て行かなければ。それも、海外の日本人向けではなく、ネイティブ向けとして出していきたい。いずれ『有機と言えば天鷹、天鷹といえば有機』と認められるようになりたいですね」

有機清酒のパイオニアとして、「天鷹」はこれから世界も視野に入れ、羽ばたこうとしているのである。

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天鷹酒造株式会社
創業大正3年 年間製造量2000石
栃木県大田原市蛭畑2166
TEL0287-98-2107
http://www.tentaka.co.jp




1有機清酒用麹室
2出麹
3仕込み室
4櫂入れは人の手で行う
5吟醸蔵
6利き酒をする直町昊悦杜氏
7蒸し取り
8蔵人たち
9「天鷹」の有機清酒
10「天鷹」の通常商品
11利き酒
12尾崎社長(左)、直町杜氏(右)とともに


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