酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/澤乃井

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東京奥多摩の酒「澤乃井」の蔵を訪ねたのは3月のはじめ。JR青梅線の沿線は、梅が満開で、菜の花が咲きそろっていた。東京とは思えないのどかな風景の中、沢井駅で降りると、歩いて数分で酒蔵に着く。都心から1時間40分ほど。ちょっとした小旅行気分だ。

蔵の前には多摩川の清流が流れ、そのほとりには「澤乃井」経営のレストランや美術館が点在している。どれも酒屋の片手間ではない、本格的な施設である。もちろんどの施設でも「澤乃井」のお酒が飲めるし、一杯200円から試飲できる「利酒処」もある。1日4回無料の蔵見学ツアーも開催されたりしているので、ここは酒好きにはこたえられないお酒のテーマパークなのである。

造り手が社員になって酒質が向上


蔵へ行くと小澤順一郎社長が、中を案内してくれた。明治蔵には貯蔵タンクがあり、元禄蔵には瓶貯蔵した古酒が眠っている。実際に酒造りをしているのは、平成4年に建てた平成蔵であった。

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まず「蒸し」から。「澤乃井」では、横型の連続蒸米機を使用している。薄く盛った米の層に蒸気をあてる方式だ。これにより、均一な蒸し米ができるという。さらに、蒸気自体にもこだわりがあるそうで、良い蒸し米にしていくのは楽ではなさそうだ。

小澤社長が蒸し上がった米を取ってくれた。つぶしたり、食べたりしてみるが、素人には甑で蒸した米と見分けがつかない。「これは68%の添え用です。蒸気のあて方にも6段階あります。試行錯誤はいくらでもできます」

放冷機には、外気を使っている。東京とはいえ、奥多摩はじゅうぶん寒いので、外気でも大丈夫なのだそうだ。「一応冷房装置もありますが、ほとんど使いませんね。ごくまれに大吟醸のときなどに使うことがある程度です」

麹の枯らし室から麹室へ行く。麹は円盤式の製麹機で造られていた。これは大手の清酒メーカーで見たことのある機械だった。それよりもかなり小型だが。普通の麹室もちゃんとあって、並行して使われている。

仕込み室には、6トン仕込みの密閉タンクが12本並ぶ。比較的コンパクトな印象だ。槽場には永田式の槽が2台。ちょっと見るとヤブタに似ているが、板がプラスチックなので、薬品洗浄ができるところが違う。たしかに板は新品のように真っ白できれい。カビや汚れはまったく見あたらなかった。

その後、仕込み水を見に行った。170年前にノミ一本で掘られた横井戸は、洞窟のようだった。深さは140メートル。裏山の秩父古成層からしみ出てくる水は、灘の宮水並みの中硬水だ。「澤乃井」にはもうひとつ井戸があり、4キロ離れた山奥から引いている。こちらは軟水である。性質は違うが、どちらも仕込み水としては優秀だそうだ。

製造部の事務所で、杜氏の田中充郎さんに会った。製造部は現在12人。全員社員だ。平成10年までは、季節の人が5人、社員が20人くらいいたというから、かなりスリム化したことになる。それでも、生もと、木桶、元禄の酒など、タンク1本しか仕込まないものもあり、アイテム数も多いので、人数はこれ以上少なくできないという。

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田中さんは、20年前、季節の杜氏集団のなかに社員として初めて入り、ずっと修行をして杜氏になった人。「20年前は完全に手造りでした。私が修行中感じたのは、蔵人は保守的なので、昔にとどまっているということ。合理的ではないし、工夫もない。でも伝統には進歩が必要なのです。たとえ手造りでも、機械的なワンパターンではダメ。機械でも、人の関わるソフトがしっかりしていればいいものができる。全員社員になって、私は酒質が向上したと思いますよ」

働く環境も良くなった。季節の人がいなくなったので、造りを9月から4月末まで、期間を長くとることが可能になった。杜氏が土日休める体制で、余裕ある酒造りをしている。ちなみに5月は搾りで、6〜8月は設備のメンテナンス。これがけっこう忙しく、あっという間に次の造りの時期になるという。

酒に人格あり。裏ラベルを見よ!


では実際に「澤乃井」のお酒を飲んでみよう。有料の利酒処もあるのだが、私は蔵の中で試飲させてもらった。まず、「純米吟醸 生」から。華やかな香りで口当たり良く、ふくらみがありキレもいい。いきなりはじめからいい酒である。「大吟醸」は穏やかな香りでスッキリさわやか。透明感のある酒だ。木桶仕込みの「彩は(いろは)」は酸味がすごくあり個性的! 2000年ビンテージの純米吟醸「蔵守」は、甘み、旨味があり、コクのある味わいだ。

中でも私が最も気に入った酒は、「水乃記憶」という純米大吟醸酒。たっぷりした感じでコクがあり酸もある。冷やでもいいが、お燗にもよさそう。旨い! 私が「この酒はそうとう旨いですねー。一番好きです」と言うと、小澤社長は「そうですか! 私もその酒が好きという人が好きです」と言って笑った。

ふとお酒の裏ラベルを見ると、ひとつひとつ違った短文が書いてある。例えば「水乃記憶」にはこんな一文がある。「水に聞く酒造り。おだやかに溶けていく米の旨み。一滴一滴の充実は、冷やしてたゆたい、ぬる燗で広がる」なかなかセンスあふれる文章ではないか。じつはこれ、小澤社長自ら書いているという。「お酒って、ひとつひとつ人格があるはずです。それは日本酒度や酸度などの数字では表せないもの。感覚として伝えられたらと思っています」

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その後は直営のレストラン「まゝごと屋」にて、小澤社長のお話を伺った。「まゝごと屋」は、「澤乃井」の仕込み水を使って、豆腐と湯葉を手作りしている懐石料理のお店だ。落ち着いた和室からは多摩川がのぞめ、春の新緑や秋の紅葉はとりわけ美しい。ここで最高級の大吟醸「梵」をあける。これはもう、文句なく旨い。そして、「澤乃井」の創業当時の味を再現した「元禄」を。甘酸っぱい不思議な味わいだが、慣れるとハマる酒だ。

「澤乃井」のお酒をいろいろと飲んでみると、バリエーションが豊富なことに驚かされる。これは、「大吟醸50%と35%というような造り分けではなく、あきらかにタイプの違う酒を造り分ける方がよい」という小澤社長の考えからだ。しかし、旨味があって辛口というベースは変わらないように思う。小澤社長は「東京人の味覚ってものがあると思うのです」と、こんな話をしてくれた。

新潟の淡麗辛口は、塩の食文化が基本にあって生まれたそうだ。京料理はだし文化。やわらかいタイプの酒が多い。名古屋の酒も八丁味噌に影響を受けているはず。日本酒は、みんなその土地の食文化と密接に関係している。

「では、東京の味はどうか。それは醤油文化だと思うのです。東京人は、何にでも醤油をかけるクセがあるでしょう。あとは甘っ辛いカツ丼の味ですね。それにはどんな酒が合うでしょうか」

小澤社長はあえて答えを言わなかったが、それこそ「澤乃井」が目指す酒であり、「澤乃井」は、まさに東京人の舌にもっとも合う酒なのではないだろうか。

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その後は「まゝごと屋」を出て、向かいの「澤乃井園」をしばし散策。ここは多摩川に面した庭園にテーブル席があり、湯葉うどん、おでん、甘酒などの軽食をいただくことができる。オープンエアで気持ちのいい場所だ。また、売店には「澤乃井」のお酒と酒まんじゅうが売っている。この酒まんじゅうは自家製だそうだが、激ウマなのである。

最後に多摩川にかかる吊り橋を渡って、対岸の「櫛かんざし美術館」に向かった。江戸から昭和にいたる4000点のコレクションは見応えがあり、それ以上に美術館から見える渓谷の眺めがみごと。渓谷庭園へ降りる散策路もあり、奥多摩の自然を満喫できる。

「澤乃井」は、素晴らしい環境で醸されていた。川沿いをもう少し歩くと、「いもうとや」という創作料理のレストランや、川合玉堂の日本画を展示した「玉堂美術館」もあるのだが、時間がなくて行けなかったのが悔やまれる。「今度はゆっくり、家族で遊びに来よう」と思いつつ、「澤乃井」をあとにしたのだった。

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小澤酒造株式会社
創業元禄15年 年間製造量6700石
東京都青梅市沢井2-770
TEL 0428-78-8215
http://www.sawanoi-sake.com/




1仕込み室
2円盤式の製麹機
3麹室
4永田式の搾り機
5木桶。これで木桶仕込みをしている
6貯酒蔵にはズラリと古酒が並ぶ
7仕込み水の横井戸
8瓶詰めライン
9まゝごと屋 TEL 0428-78-9523
10まゝごと屋のお料理
11利酒処
12櫛かんざし美術館 TEL 0428-77-7051
13「澤乃井」のお酒
14小澤社長とともに


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