酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/鹿児島酒造

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明治時代、薩摩・笠沙の「黒瀬」という集落から、焼酎造りの技を習得するため、琉球に渡った男たちがいた。彼らの技は、黒瀬の里に伝えられ、代々九州一円の酒造場の杜氏として腕をふるった。これが黒瀬杜氏である。

機械化が進んだ現在、黒瀬杜氏は20人程度にまで激減しているが、その中の一人、黒瀬安光氏は、杜氏の中の杜氏として高い評価を得ている。熱心なファンの要望に応え、講演活動などで全国を飛び回る忙しい中、取材を受けてもらえることになり、阿久根の鹿児島酒造に向かった。

阿久根市は鹿児島北西部に位置し、東シナ海に面した約40キロの美しい海岸線や阿久根大島は、海水浴や釣りのメッカ。毎年多くの観光客でにぎわっている。また、漁港からあがる新鮮な魚介類も豊富。毎月第2日曜日には朝市が立ち、9〜10月には、伊勢えび祭りが開催されている。

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阿久根では、「十三(とみ)」というお店で、所長の牛之濵安利さん、製造課長の弓場裕さん、次長の越川達也さんとともに、黒瀬安光総杜氏が待っていてくれた。大きな海老フライや、新鮮なキビナゴの刺身をつまみに、「さつま諸白」のお湯割りで乾杯! ガツンとくる飲み応えが鹿児島らしさを感じさせる芋焼酎だ。

続いて飲んだのが「元祖やきいも」。今でこそ焼き芋焼酎はポピュラーになったが、最初に開発したのが黒瀬安光総杜氏だった。「昭和50年代から手がけて、開発に10年かかりました。それが行政にも認められて、『元祖』の文字を入れても良いということになったんです」

では、苦節10年の「元祖やきいも」を、飲んでみよう。お、これは焼き芋らしい香ばしさの中に、甘みや旨みがまろやかにとけあって、なんともいえず旨いではないか!


すると、「今せっかく伊勢えび祭りの最中だから」と「十三」の社長がわざわざ伊勢えび定食を出してくれた。伊勢えび一匹が刺身に、もう一匹が味噌汁になっているという豪快さ。さっきまで店内の生け簀で生きていた伊勢えびは、身がプリプリで甘い。これに「元祖やきいも」のお湯割りがまたよく合って旨い。

「じゃ、二次会に行きましょう」と、元気な黒瀬安光総杜氏に連れられ、次に行ったのは、「ちこ」というスナック。カラオケもなく、きらびやかな女性もいないので、落ちついて飲める店である。

ここで飲んだのは、地元でもっとも愛飲されている「初光(はつひかり)」。芋・麦・米焼酎をブレンドした、甲乙混和焼酎だ。混和といっても甲類の割合は限りなく低く、麦・米の原酒は10年以上寝かせているというこだわりの商品。水割りにして飲んだが、スイスイ飲める飲みやすさに驚いた。さすが地元ナンバーワン銘柄である。「ちこ」には途中から「十三」の社長も合流。楽しい宴会になった。

杉良太郎さんも愛飲の焼き芋焼酎

翌朝は、弓場さんが工場を案内してくれた。麹は回転ドラムで米の蒸しから種付けまでやり、三角棚に移して完成させる。一次仕込みでは、1日1200キロの麹を仕込み、5日間かけて発酵させる。二次仕込みでは、1日6トンの芋を仕込み、8日間かけて発酵させている。

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米焼酎や麦焼酎では、一次仕込みの2倍の掛け米や掛け麦でいいのだが、芋焼酎は二次仕込みで麹の5倍の芋が必要だ。また、芋のトリミングも人の手で行うため、芋焼酎はほかの焼酎に比べ、コストがかかっているという。

一次仕込みも二次仕込みも、もろみ管理は交代で夜中も行っている。蛇管で冷却したり、櫂入れをして固まりをなくし、ちゃんと溶け込んでいるか確認するのだ。

こうしてできたアルコール度数14〜16%のもろみを、3基の蒸留器で蒸留する。鹿児島酒造では100%常圧蒸留だ。数年前までは甲類の連続式蒸留器もあったが、台風で倒れて以来、甲類焼酎は造っていない。「蒸留酒は、蒸留によってアルコールが出ることも大事ですが、味がおいしことも大事なので、どちらにも神経を使っています」と弓場さん。

「これが昨日飲んだ焼き芋焼酎の焼き芋器ですよ」と言われて見ると、小さな棚のような機械が4台あった。思わず「え?これで焼くんですか?」と目を見張った。それは、スーパーの入り口によくある焼き芋器だったのだ。「これを見せると、たいていの方はびっくりします。このガスオーブンで、24時間3交代で何日もかけて焼くんです。焦げないように転がしながら、うまく焼くのがコツですね」

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瓶詰めラインでは、杉良太郎の名前がついた陶器ボトルが用意されていた。中身は「焼き芋焼酎」で、志村けんやダチョウ倶楽部もお気に入りだとか。黒瀬ファンは芸能界やスポーツ界にも多く、ほかに千代の富士の焼酎も造っているという。

酒造りには「気持ち」が大切

工場を見たあと、利き酒をさせてもらった。「岡垣」は岡垣町の天然水と黄金千貫が原料。水のせいか、軽い味わいで飲みやすい。「竹香蔵(たけかぐら)」は、二次仕込みに竹炭を粉にして入れた芋焼酎で、フルーティーな香りが特徴、味は旨口だ。

「やじうま」は、黒麹NK菌使用し、38度の原酒をマイナス4度まで冷却して熟成させた。コクがあり、飲み応えのある焼酎に仕上がっている。「倉津」も、黒麹NK菌を使用しているが、3年以上寝かせたもの。香りが華やかで飲み口はまろやか。

「こいじゃが」は鹿児島弁で「これですよ」の意味。黄麹菌を使用しているので、甘みがありサッパリしていて飲みやすい。「北薩」は甘い芋、鳴門金時を使っている。芋の味、香りが濃く、甘みがある。

「金次郎」は黒瀬総杜氏のお父さん名を冠した焼酎。黒麹ゴールドを使用し、ネオマイセル吟醸麹を添え麹にして、一子相伝といわれる黒瀬金治郎直伝の技で復刻した。ふかした芋の香りとほのかな甘みがあり、上品な仕上がりはさすがである。「黒瀬安光」は、アルコール28度の無濾過。S型麹を使用し、ネオマイセル吟醸麹を添え麹にして醸した、総杜氏入魂の逸品だ。香ばしい香りと甘みがあり、コクのある力強い焼酎となっている。

1元祖やきいも-1*.jpg3初光-1*.jpg6北薩-1*.jpg4-2黒瀬安光.pdf5酔十年.pdf4酔十年_無和水.pdf

私がもっとも気に入ったのは、最後に飲んだ「酔十年(すいとうねん)」。「金次郎」も「黒瀬安光」もその旨さに驚かされたが、「酔十年」にはぶっとんだ。ただ10年寝かせただけではなく、10年後を想定して、麹からもろみ、蒸留まで計算された造りをしているという。甘くてまろやかで香りもよく、本当に旨い芋焼酎であった。

黒瀬総杜氏は、15歳から蔵子として焼酎造りを始め、23歳という異例の若さで杜氏になった。「早く杜氏になりたい」という一心で、そろばんや漢字を独学で勉強し、芋焼酎造りが終わると県外に出かけて、芋以外の焼酎造りの修行をした。夏の間だけ麹屋さんに勤め、麹の研究も欠かさなかった。こうして「いろいろな麹を自在に操り、どんな焼酎も造ってしまう」という黒瀬安光総杜氏の技が出来上がったのだ。

杜氏になってからは、秋の芋焼酎造りが終わると、九州から奄美、沖縄までほとんどの蔵へ指導に出かけた。一子相伝で、技を身内以外に伝えない黒瀬杜氏の中では異例のことだが、「教えてやった方が焼酎業界のためにはいいことでしょう。昔は技が盗まれるといって教えなかったが、まねしたってそんなに同じモノはできっこないんですよ」と笑う。

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「酒造りは技術も大切ですが、気持ちがもっとも大切です。嫌々働いていたら、いい酒にならない。みんなが和をもって、笑顔で造ればその気持ちは飲んだ人にきっと伝わります。だから、うちの酒を飲んで、飲酒事故を起こしたり、イヤなことを言ったりする人は一人もいないはず。飲むとみんなが幸せで楽しい気持ちになる。そこは自信を持っていますよ」
 焼酎造り56年の総杜氏はさすがに言うことが深い。さて、今夜は黒瀬安光総杜氏の造った焼酎で、誰と幸せを分かち合うことにしようか。

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鹿児島酒造株式会社
創業昭和23年 年間製造量3500石程
鹿児島県阿久根市栄町130番地
TEL0996-72-0585 FAX0996-72-0586
http://www.kagoshimasyuzou.jp/





1十三(とみ) 鹿児島県阿久根市港町82-3 TEL0996-72-1420
2キビナゴの刺身
3伊勢えび定食
4ちこ 鹿児島県阿久根市波留5240-5 TEL0996-72-4126
5三角棚で麹を造る
6一次仕込み
7一次もろみ
8一次仕込み室
9二次仕込みに使う黄金千貫
10二次仕込み室
11芋をふかす機械
12櫂入れをする弓場製造課長
13蒸留器
14焼き芋焼酎用の焼き芋器
15杉良太郎特製ボトル
16黒瀬安光総杜氏とともに


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