酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/杜の蔵


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1*.jpg杜の蔵は、地元伝統の粕取り焼酎造りがその発祥である。九州北部は日本酒文化圏。酒造りの副産物として当然出るのが酒粕だ。粕取り焼酎は、まず酒粕に水を混ぜ、発酵させる。その液体(醪)に籾殻を混ぜて固形化し、蒸留するというシンプルな酒である。かつては各家々で造られており、田植えが終わった骨休めのお祭り「早苗饗(さなぼり)」で飲まれていた。

杜の蔵ではこの酒を、復元した木製セイロ式のかぶと釜蒸留器で蒸留し、「常陸山 さなぼり」として販売している。これを初めて飲んだ衝撃は忘れがたい。甘く香ばしく、しかし嫌な香味はなく、非常にクリア。グラッパのようでもあり、完成度の高さでは、今まで飲んだ粕取り焼酎の中では三本の指に入る秀逸さであった。

杜の蔵ではもちろん日本酒も造っている。というより、日本酒がメインで、その副産物である粕を使い、粕取り焼酎を造っているというのが実態だ。私が最も気に入ったのは、「独楽蔵 無農薬山田錦六十」。米の旨味にしっかりした酸があり、ぬる燗にしても旨い。少しでも日本酒を飲み慣れた人なら、高く評価するであろう酒であった。

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この酒を送ってくれたのは、杜の蔵の常務、森永一弘さんだ。そこには「もしうちの酒が気に入ったら取材に来てください」という言葉が添えられていた。「いやもう、絶対行きます!ぜひ取材させてください!」と、一も二もなく私は久留米に飛んだのだった。

自家精米、県産米、純米酒にこだわる

杜の蔵は、久留米市内から電車で30分ほどの、三潴(みづま)という地域にあった。久留米市は17もの日本酒蔵がある、知られざる酒どころ。まわりには田園風景の平野が広がり、近くに筑後川が流れている。森永常務にさっそく蔵を案内してもらった。

敷地は道をはさんで日本酒蔵と焼酎蔵に分かれていた。冬場なので、現在稼働している日本酒蔵を主に見せてもらう。米は自家精米。そして使う米は全量福岡県産の夢一献と山田錦だ。とくに夢一献は三潴が主産地で、やわらかく優しい味わいが特徴だという。そしてあまり声高には主張していないが、造る酒は全量純米酒である。

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麹米はエアシューターを使わず、手作業で室まで運んでいる。麹室には、日本酒蔵には珍しい三角棚があったが、これは送風のみ行う棚であり、全自動の製麹機ではない。床(とこ)は普通の蔵よりかなり大きいので、作業は台の上に乗って行う。吟醸麹は箱で造る。

もと場には4本の酒母があった。吟醸香よりも旨味のある酒を目指しているので、酵母は9号系が多いとか。山廃や生もとは造らず、吟醸系には高温糖化もと、熟成系には速醸もとと使い分けている。

仕込みは1600〜800キロが中心の、小さな仕込みである。槽場は冷蔵庫の中にあり、搾りまで気を抜かない姿勢が見て取れた。そして杜の蔵が今一番力を入れているのが「熟成」だ。タンクは年間通じて15〜17度、瓶貯は5度〜常温までの複数の温度帯で、斗瓶は0度に近い温度で貯蔵している。

私は貯酒蔵の片隅に、見慣れぬ細長いタンクがあるのを見逃さなかった蓋の上からなにやらたくさんパイプが伸びている。「これは酒の貯蔵条件を変えて、熟成の仕方や酒質との関連を試験しているタンクです。瓶貯蔵を大きくしたイメージですが、必要に応じて窒素充填もできるようになっているのです。酒の熟成は面白いですよ。これからも課題はつきそうにないですけどね」と森永常務は言う。

熟成の研究を進めたい

その後、日本酒と焼酎の試飲をさせてもらった。森永常務は、「旨い酒を造るだけでなく、お酒の楽しさとか幸せ感を提案していきたい」と考え、自社の酒に合う酒器を制作しているという。この日は、テイスティングを重ねて形を吟味した足つきグラスと、飲み口が薄く飲みやすい陶器の平盃を持ってきてくれた。

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まず地元の夢一献で醸した「杜の蔵 純米吟醸 翠水」。口当たりが柔らかく、きれいで現代的な印象。飲みやすく、飲み飽きしない酒である。「独楽蔵 玄」は、熟成感がありつつ柔らかいので、いろいろな料理に合いそうだ。5年以上寝かせて14度までアルコールを落とした「独楽蔵 悠(はるか)五年」は、まさにニューコンセプトの古酒! 安価で低アルコールなので、焼き肉や中華に合わせて「ガブ飲み」したい。ぬる燗にすると、また甘みが増し旨い。

一方、焼酎のほうはどうだろう? 減圧蒸留の粕取り焼酎「吟香露」は、吟醸酒粕の香りがほんのりとして飲みやすくおいしい。そして、オール麦麹で造り、カメ貯蔵した「歌垣」は、黒糖の香りに蜂蜜の後味。麦の味わいが濃くて甘くて激ウマな麦焼酎だった。

こうして飲んでみると、飲みやすい酒も一部つくってはいるが、全体的には、どこかにフックのある、個性的な酒という印象であった。

「でも、うちの酒は単独で飲むより、食事と合わせてほしいのです。そのほうが、よりおいしく感じるはずですよ」

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という森永常務の案内で、この夜は「笑喜家たけし」なる居酒屋へ。まず飲みやすい系の「翠水」で乾杯!料理は地元で「やきとり」と称する豚バラの串焼き。そしてもつ鍋。もつ鍋は上品な醤油味でいくらでも食べられる。そして飲むのは熟成感のある「玄」のお燗。これがしっかりした味付けの料理に合い、単独で飲んだときはクセのある酒と思ったが、飲むたびに体になじんでくるではないか。いや〜、ウマい!ウマすぎる!

「従来型の酒や上品な流行り系の酒だけでは、幅が広がった現代の食生活にあわせにくいことが増えていると思うのです。だから私たちは現代の食を意識した酒を造ろうと思っています。それには、純米酒をほどよく熟成させることが鍵になるかもしれませんね」

たしかに杜の蔵の酒は、食事と合わせるとパッと花開く酒であった。一口目の酒ではないかもしれないが、二杯目以降では、最強の酒。九州の小さな蔵で生まれたこの酒が、いつか全国の酒好きを酔わせる日を、楽しみに見届けたいと思う。


外観・.jpg株式会社杜の蔵
創業1898年 年間製造量2000石(日本酒・焼酎)
福岡県久留米市三潴町玉満2773
TEL0942-64-3001
http://www.morinokura.co.jp





1木製セイロ式かぶと釜
2米の張り込み
3甑
4米の掘り出し
5自然放冷
6麹室の三角棚
7床(とこ)もみ
8箱で造る吟醸麹
9仕込み
10「歌垣」のかめ貯蔵庫
11オリジナルの酒器
12杜の蔵のお酒
13森永一弘常務とともに
14笑喜家たけし 福岡県久留米市通町4番地-4 TEL0942-32-0642
15もつ鍋
16やきとり(豚バラ)
17馬刺し

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